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~スペシャル企画:海の環境を考える~
渋谷正信氏に聞く 脱炭素時代のダイバーの役割

第12回:脱炭素時代のダイバーの役割

脱炭素時代のダイバーの役割

洋上風力発電のエコロジーデザインと藻場再生プロジェクトの先駆者・渋谷正信氏に聞くシリーズ最終回。脱炭素時代に進むべきプロ潜水士、そしてダイバーの道をお聞きしました。

全国70ヶ所以上の藻場調査と再生活動

これまで北海道から沖縄まで、全国の藻場調査・再生活動(地図参照)を行ってきました。あまり知られていませんが、藻場は沖縄にもあり、冬場はかなりの海藻が見られました。一時期、久米島でコンブを再生させるプロジェクトに関わったのがきっかけで、沖縄方面で潜水する時は、海藻をチェックするようになりました。サンゴと違って沖縄の海藻を知らない人は多く、現地ガイドに海藻がある所に連れていってくれと頼むと怪訝な顔をされたことがあります。海藻の状態をみるために、何カ所か潜水してみましたが、磯焼けは沖縄でも起きていたのです。藻場調査を始めて25年ほどですが、日本で藻場が消失する磯焼けが大きく取り沙汰されるようになったのはここ4、5年ですから知らないのも無理はありません。
現在私のところでは、藻場の状況や磯焼けに関する調査地は70カ所を超えました。多くの藻場を調査してみると海藻と山とのつながりがみえてきます。秋田県と青森県の県境、白神山地からの水が注がれる海域を調査したときも、山の養分のおかげで海藻は良い状態でした。宮城県のカキ養殖者である畠山重篤さんが著書『森は海の恋人』でふれているように、海と森との関連は非常に深いようです。

全国70ヶ所以上の藻場調査と再生活動

北日本の海で目にした衝撃の磯焼けと再生活動

これまでの藻場調査で衝撃的だったのが北海道です。コンブがうっそうと生い茂る海域が段々と磯焼けして砂漠化する様は、強烈でした。豊かだったコンブが、半年もしないうちにウニにどんどん食べられてなくなっていく、その様子を目の当たりにした時の衝撃は今でも忘れません。青森の大間の海中も同じで、コンブが生えていた藻場がものすごい数のウニに食べつくされていくのです。取っても、取っても、ウニが押し寄せてきて、その数には本当に驚かされました。一方、連載②でお伝えしたように藻場再生は人が手を掛けてあげると、ある程度までは回復するようです。特に北海道や青森の磯焼けはウニの食害だったので、ウニ除去など人の手を掛ければ戻ってくるのではという手応えを感じました。ただし、成功したらそれで終わりではなく、藻場の再生活動は継続することが大切です。

増毛の見事な海藻
磯焼けした様子

増毛の見事な海藻(左)と磯焼けした様子(右) (写真/(株)渋谷潜水工業)

房総の「器械根」や日本近海に広がる海の森

藻場については、千葉県の外房も迫力があります。いすみ沖に「器械根」という海中の岩棚があリます。アラメやカジメなどの海藻が10km、20㎞と広がる藻場で、水中スクーターで移動すると実に壮大です。海藻は生息する環境で形態が変わるようです。同じカジメでも水深が浅いところのカジメは、茎が短く太いものが多く、深い所は茎が長く、高さがあります。器械根は水深が深いので、背の高いカジメの群落が延々と広がっているのです。房総のダイビングでは温暖化で南国化した海中景観や餌付けしたサメの群れを見るファンダイビングが盛んなようです。しかしその海の周辺では、大型海藻が消失する磯焼けが起き、海の生態系が狂ってきている所もあります。外房は現在、ある境界線まではうっそうとした海藻の海、その先は海藻が全く生えない砂漠地帯という状況になりつつあります。
磯焼けは日本海側でも南方から進行していますが、まだ多くの藻場が残っています。アラメやカジメとホンダワラの混成林もあれば、ホンダラワ類のノコギリモクやヤツマタモクなど、黄金色に輝く藻場が広がっている海もあります。陽光が当たり、キラキラ輝くホンダワラの森はとてもキレイです。かつて隠岐の海士町で海藻のフォトコンテストをやっていましたが、撮影された様々な海藻はひとつひとつが美しく、海藻の美しさはダイバーだからこそ切り撮ることができるのだと思いました。

器械根に広がる見事な藻場。まさに海の森のようだ(写真/(株)渋谷潜水工業)

器械根に広がる見事な藻場。まさに海の森のようだ(写真/(株)渋谷潜水工業)

地球温暖化で塗り替えられた各地の海中世界

磯焼けで印象深かったのは五島列島です。10数年前五島を訪れ海中を見た時は、有節サンゴ藻で覆われた磯と岩だらけでした。そして造礁サンゴが海藻に入れ替わって増えていたのです。現在は、高知の辺りの海底が海藻からサンゴに移りつつあります。長年、同じ海を定点観察してきましたが、磯焼けの進む速さには愕然とします。最近とても気になっているのが外房の藻場です。外房にはアラメ・カジメ・ホンダワラなど大型の海藻が繫茂しています。その見事な藻場がなくなったらと考えると胸が痛みます。一刻も早く手段を講じたほうがいいと現在、各方面に情報を発信しています。
藻場の調査や再生活動には、地元漁師さんの理解と協力は必須です。地域によっては調査で潜ることを警戒され、嫌がられてしまいます。その理由は、昔から続く密漁のせいです。日本では残念ながら密漁ダイバーがいたことで悪いイメージが付いてしまっているのです。

生態系に欠かせない広大な藻場が磯焼けの危機にさらされている!(写真/(株)渋谷潜水工業)

生態系に欠かせない広大な藻場が磯焼けの危機にさらされている!(写真/(株)渋谷潜水工業)

復活を遂げた増毛のコンブ、五島のヒジキ

日本近海の藻場再生活動で、明らかな成功例は少ないのですが、北海道の増毛町ではコンブの再生に成功しています。連載②でお伝えしたように、鉄鋼メーカーの協力の下で鉄分と腐植土を混合して海に入れ、海藻の吸収しやすい二価鉄を供給してみたところ、コンブの成長がよかったのです。また、バックホウで海底耕耘(注1)を行い、コンブが着生しやすい基質面を出してあげたり、雑海藻などを除去したり、様々な活動でコンブの再生を試みました。海藻は水温に大きく影響されます。コンブなどは、海水温が低いほうが育ちが良いので、冬に雪が多く降ると、春にはその雪解け水が海に注がれ、海水温が低くなり、コンブの成長を助けるようです。諸条件がピタッとはまった結果、増毛の海にコンブが戻ってきたのです。もちろん、成功したらそれで終わりではなく、継続的に活動することが大事で、それには地元の皆さんの力と情熱が欠かせません。地域にもよりますが、藻場再生の兆候が見られる目安は3〜5年。ただし、活動は10年でも15年でもできるだけ長く続けなければなりません。

継続の大切さを教えてくれたのが、長崎県五島列島のヒジキです。ヒジキの再生には3年ほどかかりましたが、6、7年経った今も、成功が続いています。この活動には現地漁業関係者の皆さんの創意工夫もあり、継続して活動しているからこその結果です。
(注1:海底をかくはんすることで底質を改善し、海の生き物が生息しやすい環境を作り出すこと)

現地関係者の皆さんの努力が実り、復活を遂げた五島のヒジキ(写真/(株)渋谷潜水工業)

現地関係者の皆さんの努力が実り、復活を遂げた五島のヒジキ(写真/(株)渋谷潜水工業)

海への感謝の気持ちを忘れない

藻場の調査・再生活動は個人で行うには限界があり、ある程度グループ化し、現地の漁業関係者さんと連携して進めなければなりません。一方、ファンダイブの方も潜った海の観察記録をデータ化していくことはできます。そういう点で一人一人のダイバーができることはたくさんあリます。藻場の定点観察は、最低でも月一回は行うのが理想的です。私は自宅から江ノ島が近いので月一回は観察してきました。また、何十年も潜ってきた江の浦や初島などの海でも藻場の衰退状況を観てきました。ここ4、5年であっという間にアラメやカジメ、ホンダワラ類が消え、磯焼けの海になっています。江の浦はアラメ、カジメの産地でした。江の浦で潜る時はスロープをつたっていくとブロックに出ますが、そのブロックは小田原の「みゆき浜」という海岸にブロックによる離岸堤を造ったのと同じ物です。海藻が豊かな江の浦の海中にブロックを仮置きし、アラメ・カジメを着生させて、その後、船で運んで離岸堤造りで沈めたのです。

藻場の海の診断士・渋谷さん(写真/(株)渋谷潜水工業)

藻場の海の診断士・渋谷さん(写真/(株)渋谷潜水工業)

全国のダイビングセンターやダイブショップの皆さんには環境への意識が高い方が多いはずです。皆さんにはぜひ、海をもっと幅広い視点で見ることをすすめます。これまでファンダイビングというとサンゴの海と魚たちが主だったと思いますが、もっと広く海を捉えることで、見逃している「宝物」に気付くはずです。人に感謝し、親切にするといつかそれは自分に返ってくるといいますが、海に感謝することで、海もお返しをしてくれるようです。感謝の気持ちで海を見直すことで、ダイビングの新しい価値が浮かんでくるのではないでしょうか。私は以前、ダイビングを単に金儲けのビジネスに用いるのはもったいないと思い、より価値あるものにする活用研究を行うようになりました。その一環として、海の中の森づくり活動をスタートさせることができ、また30年前より、ダイビングを人の心や体のすこやかさに活用できないかと、心とからだを癒す水中セミナーも行うようになりました。海の環境にも視野を広げ、野生のイルカやクジラがいる世界中の海を訪れ、海・自然・イルカたちと癒し癒されながら泳ぐセミナーを30年近く開催しています。そして現在、地球のCO2排出削減のための洋上風力発電や潮流発電のエコロジカルデザインを提唱するようになったのです。それもこれも長年、ダイバーとして海に潜ることができたからです。自分を生かし育ててくれた海とダイビングに感謝し、その感謝にお返しができる、そんなダイバー人生を過ごしたいと思っています。

≫シリーズ過去記事はこちら
第1回:脱炭素時代のダイバーの役割
第2回:北海道の藻場再生/欧州の洋上風力発電事情
第3回:日本の洋上風力発電~長崎県 その①
第4回:日本の洋上風力発電~長崎県 その②
第5回:日本の洋上風力発電~長崎県 その③
第6回:海洋環境ビジネスで活躍する潜水士
第7回:洋上風力発電プロジェクト〜銚子
第8回:洋上風力発電プロジェクト〜銚子2
第9回:潮流発電の実証フィールド〜長崎県
第10回:脱炭素時代のダイバーとは~その①~
第11回:脱炭素時代のダイバーとは~その②~

プロ潜水士・渋谷正信profile

SDI渋谷潜水グループ代表

(株)渋谷潜水工業代表取締役
一般社団法人「海洋エネルギー漁業共生センター」理事

1949年、北海道釧路市近郊、白糠町生まれ。
1974年、海洋開発技術学校深海潜水科に入学。
卒業後、プロ潜水士として40年以上、国内外で海洋工事に従事。
1980年、渋谷潜水工業設立。
プロ潜水士の傍ら、海と調和するエコデザインの先駆者として調査や講演、セミナーを多数こなし、「海藻の森づくり」プロジェクトを進行中。水中塾を主催し、地域の海再生を目的とした交流活動や野生イルカと調和するハートフルスイムを提唱。1991年に湾岸戦争でオイル漏れの起きたペルシャ湾を潜って水中を撮影し、これをきっかけにメディアに登場。1995年、阪神淡路大震災の被災地でボランディアや神戸港の復旧作業工事に携わる。東日本大震災でもガレキ撤去、環境調査、復旧工事で活躍。
●主な書著:海のいのちを守る(春秋社)、地域や漁業と共存する洋上風力発電づくり(KKロングセラーズ)他
●テレビ出演:毎日放送「情熱大陸」(2008年)、夢の扉(2009年)、NHKプロフェッショナル仕事の流儀(2012年)

渋谷正信

Photo 佐々木たかすみ

(聞き手/西川重子)