年間125万人が訪れるダイビング情報サイト

  • ホーム
  • スキル
  • ダイビングを科学する_「中性浮力水深」を計算で求める

連載
ダイビング博士 山崎先生のダイビングを科学する!
第15回「中性浮力水深」を計算で求める

ダイビング博士 山崎先生のダイビングを科学する!

ダイビング初心者の中には、なかなか上手にならない、と悩む方も多いですよね。一方で熟練インストラクターでも、自分ではできるけど人に理由をうまく説明できない、といった話も…
この連載「ダイビング博士 山崎先生のダイビングを科学する!」ではダイビングの悩みや疑問を科学的にわかりやすく解説します。第15回のテーマはずばり「“中性浮力水深” を計算で求める」。科学的にダイビングを理解することで、スキルアップを目指しましょう!

※2025年11月の情報です

こんにちは! 目指すは「ダイビング博士」の山崎詩郎です。東京科学大学(旧東京工業大学)理学院物理学系にて物理学の研究と教育を行い、TVでの科学解説や映画の科学監修を多数担当しています。

撮影:山崎詩郎

撮影:山崎詩郎

突然ですが、DAN JAPANという団体をご存知ですか? DAN JAPANはダイビングの保険や安全に関する業務を行っている団体です。ダイビング業界全体の安全意識を向上するために、ダイビングインストラクターの方々を対象に、公認スクーバ・ダイビング指導者更新研修会を兼ねたDAN JAPANダイビング安全講習会を開催しています。大変ありがたいことに、先月その講習会の講師として呼ばれ、ダイビングインストラクターの方々約70名を対象に、横浜にある日本海洋レジャー安全・振興協会の本部にて講演を行ってきました。これまでこの講習会のテーマはそのほとんどが潜水医学や救助など安全に直接関係することだったのですが、私が話してきたテーマはなんとこの連載そのもの、ダイビングの浮力の科学についてだったんです。ダイビング歴3年弱の私が大勢のインストラクターの方々を前にして、ダイビングにこれまでになかった科学の視点を提案できたのはとてもうれしいことでした。浮力も究めればDAN JAPANの講演にもなってしまうんです。ぜひ皆様も浮力を極めて、ダイビングを極めてください。そして、ぜひ皆様もDAN JAPANへの入会をご検討ください。

撮影:山崎詩郎

撮影:山崎詩郎

この連載の第14回となる前回は、中性浮力になる唯一の水深「中性浮力水深」という新しい考え方を紹介しました。第15回となる今回は、より実用的な「中性浮力水深」の式を導き、実際のダイビングの状況で「中性浮力水深」を具体的に計算してみましょう。

中性浮力になる唯一の水深「中性浮力水深」

この連載の第14回となる前回は、中性浮力になる唯一の水深「中性浮力水深」という新しい考え方を紹介しました。大切な式なので復習しておきましょう。

中性浮力になる唯一の水深「中性浮力水深」

とても難しい式ですよね。でも、毎度のことながらご安心ください。数式は一種のアート作品だと思って、なんとなく凄そう…とか、美しい…などと感じていただければ十分です。大切なことは数式よりも、ダイビングでの意味を感じとることです。
では、まずはこの数式に登場する文字を一つ一つ復習してみましょう。まず、左側に青い字で書かれているdnは「中性浮力水深」です。dは深さを意味するdepthの略、その右下にかかれている小さなnは中性を意味するneutralの略です。次に、右上に赤い字で書かれているVg0はBCDやスーツなどの気体の水面での体積です。Vは体積を表すVolumeの略、その右下にかかれている小さなgは気体を表すgasの略、同じく小さな0は水面の標高0mを意味しています。次に、右下に赤い字で書かれているmwはウエイトの重さです。mは質量を表すmassの略、その右下にかかれている小さなwはウエイトを表すweightの略です。なお、黒い字で書かれているP0は水面での気圧、gは重力の強さ、ρは海水の密度ですが、毎回ほぼ同じなので気にしなくて大丈夫です。
では、この数式にはどのような意味があるのでしょうか?この数式が意味することは、赤い字で書かれたBCDとスーツの気体の体積Vg0と、ウエイトの重さmwがわかれば、青い字で書かれた中性浮力になる唯一の水深である「中性浮力水深」dnが計算できるということです!!

「中性浮力水深」の式をより実用的に

では、「中性浮力水深」を求める数式を、もう少し実用的な式に変形してみましょう。黒い字で書かれている水面での気圧P0、重力の強さg、海水の密度ρは毎回ほぼ同じなので、文字ではなく実際の数値で置き換えてしまいましょう。その置き換えをまとめたのが次の図です。

「中性浮力水深」の式をより実用的に

水面での気圧P0は、湖での高所ダイビングでもしない限りは、海水面での気圧ですので1気圧です。海水の密度ρは、厳密には淡水よりもほんの少し重いですが、水と同じ1立方cmあたり1gと考えて全く大丈夫です。重力の強さは、地球外でダイビングをしない限り、大体10でOKです。これらの数値の単位を標準的な単位に変換すると、P0=100,000 N/m2、ρ=1000 kg/m2、g=10 m/s2のようになります。単位の変換は本質的ではないので、ここでは気にしなくて大丈夫です。
では、とにかくこれらの数値を「中性浮力水深」の数式に代入してみましょう。すると次のようになります。

「中性浮力水深」の式をより実用的に

黒い文字が消えて数値に置き換わり、青い文字と赤い文字だけのより純粋な数式になりました。少しだけ計算を進めたのが下の式です。ここでもう一工夫します。これまで標準的な単位である平方メートルで測っていた体積を、ダイビングでより実用的な単位であるリットルで測ることにします。1平方メートルは1000リットルですので、平方メートルで測った数式中の1000 Vg0 [m3]をリットルで測ったVg0 [L]で置き換えることができます。これにより完成した実用的な中性浮力水深の式が以下となります。大切な式なので四角で囲っておきました。

「中性浮力水深」の式をより実用的に

「中性浮力水深」を計算してみよう

それでは、実用的な「中性浮力水深」の数式を使って、実際のダイビングの状況を考えて「中性浮力水深」を計算してみましょう。本当にまともな「中性浮力水深」が求まるのかドキドキしてきますね。まず、BCDとスーツの水面での気体の体積Vg0は大雑把に10Lと考えます。また、ウエイトの重さmwは5kgとしましょう。これらの実際のダイビングの状況をまとめたのが以下となります。

「中性浮力水深」を計算してみよう

では、これらの数値を実用的な「中性浮力水深」の数式に代入してみましょう。すると以下のようになります。

「中性浮力水深」を計算してみよう

この計算は小学生でも進められるとても簡単なものですのでご安心ください。この結果、最終的な「中性浮力水深」dnは-10 mと求まりました。マイナスがついているのは、水面より下という意味で、水深10mという意味です。水深10mというのは変な値ではなくまともそうでホッとしました。どうやらこの計算は正しかったようです。つまり、BCDとスーツの水面での気体の体積が10Lで、ウエイトが5kgであれば、水深10mで中性浮力になるということが計算で求まってしまったのです!! そして、ピッタリ水深10mから1cmでも浮上すれば、気体が膨張して浮力が強くなり、さらに浮上して、さらに気体が膨張して浮力がさらに強くなり、悪循環におちいって急上昇してしまいます。逆に、ピッタリ水深10mから1cmでも潜降すれば、気体が収縮して浮力が弱くなり、さらに潜降して、さらに気体が収縮して浮力がさらに弱くなり、悪循環におちいって潜水墜落してしまいます。BCDとスーツの水面での気体の体積が10Lで、ウエイトが5kgであれば、中性浮力でいられるのは完全にピッタリ水深10mしかない、それが「中性浮力水深」です。「中性浮力水深」は器材とその状況で、唯一ひとつに決まります。

まとめ

撮影:山崎詩郎

撮影:山崎詩郎

第15回となる今回は、中性浮力になる唯一の水深である「中性浮力水深」の数式から、より実用的な「中性浮力水深」の数式を導き、実際のダイビングの状況で「中性浮力水深」を具体的に計算しました。「中性浮力水深」を意識することは中性浮力をマスターするための大きな助けになります。次回は、「中性浮力水深」が、BCDやスーツの体積とウエイトの重さでどのように変化するか、グラフで可視化してみましょう。

この連載では、ダイビングの科学に関する素朴な疑問を大募集しています。初心者の方からインストラクターの方まで、ぜひ質問を編集部までお寄せください。皆様の質問が記事に採用されるかもしれません。
≫質問・疑問はこちら!

※お問い合わせ内容に「山崎先生に質問!」と記載してください

これまでの「ダイビングを科学する」はこちらをご覧ください

物理学者
山崎 詩郎 (YAMAZAKI, Shiro)


東京大学大学院理学系研究科物理学専攻にて博士(理学)を取得後、日本物理学会若手奨励賞を受賞、東京科学大学理学院物理学系助教に至る。科学コミュニケーターとしてTVや映画の監修や出演多数、特に講談社ブルーバックス『独楽の科学』を著した「コマ博士」として知られている。SF映画『インターステラー』の解説会を100回実施し、SF映画『TENET テネット』の字幕科学監修、『クリストファー・ノーランの映画術』(玄光社)の監修、『オッペンハイマー』(早川書房)の監訳、『片思い世界』の科学監修を務める「SF博士」でもある。2022年秋に始めたダイビングに完全にハマり、インストラクターを目指して現在ダイブマスター講習中。次の目標は「ダイビング博士」。

山崎 詩郎 (YAMAZAKI, Shiro)