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~スペシャル企画:海の環境を考える~
渋谷正信氏に聞く 脱炭素時代のダイバーの役割

第2回:北海道の藻場再生/欧州の洋上風力発電事情

脱炭素時代のダイバーの役割

洋上風力発電のエコロジーデザイン、藻場再生プロジェクトの先駆者・渋谷正信氏に聞く新シリーズ第2弾。 原発や火力発電に替わる再生エネルギーとして、今、最も注目されている洋上風力発電。今後10~30年の間に段階を追って、日本沿岸に計4500基の発電用風車の設置が計画されています。洋上発電については欧州に大幅に遅れをとっていると言われる日本。しかし日本には、潜水工事の傍ら海中の健康状態を地道に観察し、生物との共存、漁業との共栄を実現する洋上建造物の環境デザインを提唱し、欧州でも高い評価を得た一人のプロ潜水士がいます。プロダイバーとして45年にわたり、本四架橋、東京湾アクアラインや羽田空港拡張工事をはじめ、数々の海洋開発事業に携わってきた渋谷正信氏(SDI渋谷潜水グループ代表)。本業の傍ら、洋上風力発電をはじめ、海にやさしい構造物のアドバイスを行い、20年以上前から独自に調査を始めた「磯焼け」による沿岸部の危機を、著書や講演で訴え、再生プロジェクトも推し進めています。

▼History

藻場再生プロジェクト ~北海道・増毛(ましけ)~

日本の磯焼けの兆候がはっきりわかる海域のひとつに北海道の日本海側があります。昆布の名産地です。私は1998年頃から岩手県の大槌町をはじめ、北海道各地で藻場再生のための実験や調査を行ってきました。当初は大学の研究室との活動が主で、費用は自己負担でした。仕事の合間に大学の研究生を連れて車で磯焼けの海に通い、水中作業だけでなく、研究生にも作業できるようにとダイビングを教えながらという状況でした。北海道で磯焼けの再生に携わったのが増毛、寿都(すっつ)、函館などでした。“海藻の生育には鉄分が必要”という東大の故・定方先生(※1)の説を基に、藻場再生の実験を始めました。たまたま潜水学校時代の同級生が増毛漁協の役員だったので、調査の話をすると、二つ返事で歓迎してくれました。まもなく鉄鋼メーカーの新日鐡住金㈱が鉄鋼スラグを提供し、予算も組んでくれて2004年には増毛町の舎熊(しゃくま)地区で本格的な活動が始まったのです。

北海道の増毛町に広がる海の森(写真 (株)渋谷潜水工業)

北海道の増毛町に広がる海の森(写真 (株)渋谷潜水工業)

藻場鉄鋼スラグが海藻を救う!

初めは試行錯誤の繰り返しでした。海に鉄鋼スラグを入れると、最初はいいのですが、時間が経って鉄が錆びる頃には海藻が栄養を取り込めなくなるということがわかってきました。研究室によると、鉄の分子は海藻が吸収するには大き過ぎるのだそうです。海には山が関係しているに違いないと北大の松永先生(※1)の所へも相談に行きました。すると、鉄は腐葉土など有機物と混ざり合うことでフルボ酸(二価鉄)が生成され、海藻に鉄の栄養が吸収されるのだと言うのです。そこで鉄鋼スラグに堆肥などを混ぜ、ワラなど天然の繊維袋に入れて埋めたり、箱を作って沈めたりといろいろ試し、観察して写真や映像などの記録を残していきました。鉄鋼スラグの活用を探していた新日本製鐵株式会社(現;日本製鉄株式会社)は、「とにかく何でも提案してください」と藻場の再生活動に協力してくれました。

社内でも社外でも「もの好きだ、道楽だ」としか見られていなかった私の増毛での藻場再生活動が、現在は増毛漁協、町や研究者、東京大学の研究生などが参加する再生プロジェクトにつながっています。

地道な藻場再生活動で、磯焼けの海に海藻が戻った!(写真:渋谷潜水工業)

地道な藻場再生活動で、磯焼けの海に海藻が戻った!(写真:渋谷潜水工業)

ホンダワラに産み付けられたアオリイカの卵。海藻は生命のゆりかご(写真:渋谷潜水工業)

ホンダワラに産み付けられたアオリイカの卵。海藻は生命のゆりかご(写真:渋谷潜水工業)

※1 藻場再生を支えた研究者

「磯焼けの原因の一つは鉄分不足ではないか」という研究を行っていたのが東京大学の故・定方正毅(さだかたまさよし)名誉教授。一方、森林や山からの鉄分がダムや護岸工事などに遮られて運ばれなくなったのではないかという説を唱えていた松永勝彦(まつながかつひこ)先生(当時、北海道大学水産学部教授)。この2人の研究を海で実践するべく、鉄の製造過程で出る鉄鋼スクラブを利用した藻場の再生活動が始まりました(編集部)

MAP

海藻の森づくりと海の診断士

私は20数年余り、全国各地50数カ所の磯焼け調査を行い、藻場再生のためにそれぞれの海に適した実証実験を繰り返してきました。テレビなどメディアに出てからは「うちの海も診に来てくれ」と声がかかり、その海に適した再生方法を相談されることも多くなりました。必ず行うのは、漁師さんやそこで暮らす方々の声を聞くこと。例えば、「港が立派になればなるほど魚がとれなくなる」とか「海岸線に道路ができて山からの栄養が届かなくなったのだろう」とか「昔はニシンでもタコでも浜でさばいて、カスはみんな海に流していた。あれは海藻の栄養になっていたんでは?」…そんな地元の方々の声は重要で、藻場の再生活動には不可欠だと思うようになりました。海藻の森づくりには、地元の皆さんが中心になって展開していってほしい活動です。私は潜水工事を行うプロダイバーであると同時に海中の調査をし、それを診断・再生する活動をしてきました。そういうプロ潜水士はまだ少ないのが現状です。病んでしまった海を治療し、海の生態系に負担をかけない工事ができる、そんなプロ潜水士を育てることもまた、私の目標の一つなのです。

欧州の洋上風力発電事情

欧州の洋上風力発電事情

日本各地の磯焼けを調査し、再生活動を進めながら、小手先の対策では効果が薄い大規模な方策がなければと思い始めた頃、出合ったのが洋上風車です。アメリカで手にした雑誌で見た、海に林立する巨大な風車。写真はデンマークの海だったと思います。1991年、世界に先駆け、洋上風力発電が稼働を始めたのはデンマークのロラン島沖でした。すでに陸上では1980年代から風力発電を行っていた背景もあり、実現が早かったのでしょう。当初11基だった洋上風車は2002年に80基に増え、2020年には総容量1700MWに達しています。続いて洋上風力に力を入れたイギリスは現在、その規模で欧州のトップをいき、2位は風力発電も盛んなドイツ、オランダ、ベルギー、デンマークと続き、今や欧州には5800基を超える洋上風車を稼働させています。

再生エネルギーの切り札~洋上風力発電

日本政府は温暖化の原因である温室効果ガスを、2030年度に46%削減(2013年度比)の目標を立て、再生可能エネルギーに力を入れています。国土の限られた島国である日本で注目されているのが洋上風力発電です。経産省、国交省と民間企業による官民協議会は、2030年までに10GW、2040年には、30~45GWの電力確保を目指すと発表しています(編集部)。

2010年から欧州の洋上風力先進国を視察

最初に洋上風力の展示会の視察に行ったのは、ワルシャワでした。私は急な仕事で行けず、スタッフが行って資料を集めてきてくれたのですが、それを見てまたビックリでした。欧州各地ではすでに、すごい数の洋上風車が稼働し、さらに大規模なプロジェクトがあちこちで進行中だったのです。以来、どんなに忙しくても欧州に情報収集に通いました。ちょうどその頃、東日本大震災による福島第一原発の事故があり、訪問先では度々、「日本は大丈夫?」と声を掛けられました。原発事故で日本がどうなっているのかという欧州の方々の関心もあって、情報収集をしやすい状況だったと思います。あれだけの事故が起きたのに原発再稼働なんて信じられないという声も聞かれました。海洋エネルギー先進国・欧州では、日本の震災以来、洋上風力発電の開発が一気に加速したことも肌で感じました。

ヨーロッパの展示会にいる渋谷さん

私は欧州で洋上風力の関係者に会うたびに、海の中の環境はどうか、漁業資源に影響はないかを聞いて回りました。洋上風力ではなく、それが立つ海の中の質問ばかりする私に、皆さん、最初は怪訝な様子でしたが、真剣にお願いするうち、徐々に情報を提供してくれるようになりました。そして、オランダのイマーレス研究所で洋上風車がある海の環境を研究しているリンデブーム博士と知り合うことができたのです。
(※編集部注:研究所で得た情報はこれから連載でお伝えしていきます)

プロ潜水士・渋谷正信profile

SDI渋谷潜水グループ代表

(株)渋谷潜水工業代表取締役
一般社団法人「海洋エネルギー漁業共生センター」理事

1949年、北海道釧路市近郊、白糠町生まれ。
1974年、海洋開発技術学校深海潜水科に入学。
卒業後、プロ潜水士として40年以上、国内外で海洋工事に従事。
1980年、渋谷潜水工業設立。
プロ潜水士の傍ら、海と調和するエコデザインの先駆者として調査や講演、セミナーを多数こなし、「海藻の森づくり」プロジェクトを進行中。水中塾を主催し、地域の海再生を目的とした交流活動や野生イルカと調和するハートフルスイムを提唱。1991年に湾岸戦争でオイル漏れの起きたペルシャ湾を潜って水中を撮影し、これをきっかけにメディアに登場。1995年、阪神淡路大震災の被災地でボランディアや神戸港の復旧作業工事に携わる。東日本大震災でもガレキ撤去、環境調査、復旧工事で活躍。
●主な書著:海のいのちを守る(春秋社)、地域や漁業と共存する洋上風力発電づくり(KKロングセラーズ)他
●テレビ出演:毎日放送「情熱大陸」(2008年)、夢の扉(2009年)、NHKプロフェッショナル仕事の流儀(2021年)

(聞き手/西川重子)