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テツ先生の新・海のいきもの
連載第5回 深海からの栄養 サクラエビ

新・海のいきもの

東海大学海洋生物学科准教授でダイビングインストラクターのテツ先生が海のいきもの観察の楽しさを語るシリーズ、第5回は食卓の人気者でもあるサクラエビです。深海から浅瀬を移動し、海の食物連鎖を支えているこの生物、はたしてダイビング中に会うことはできるのでしょうか?

※2026年1月の情報です

桜海老の英名はSakura shrimp

左と右にあるのは、東海大学海洋学部の学生が作成したサクラエビの標本

左と右にあるのは、東海大学海洋学部の学生が作成したサクラエビの標本
Photo by Takashi Tetsu

今月の主役はサクラエビ科サクラエビ属の第1種のエビです。前回、サクラダイは英名でCherry anthiasと表記されることがあると記述しましたが、同じく桜を連想させる色彩のサクラエビには、日本語の「Sakura(サクラ)」がそのままの英語表記に使われています。

食物連鎖を支える「深海からの栄養」

サクラエビの特徴的な行動が「日周鉛直移動」です。明るいうちは水深200mほどの深海に生息し、暗くなると2~30mほどの水深に上がってきます。サクラエビ漁は、この習性を利用することで深い場所まで網を入れることなく、少ない労力で行われているのです。太陽光の届かない貧栄養の場所から富栄養の浅海へと毎日移動を繰り返すサクラエビが、始点と終端を含めた移動経路の食物連鎖を支える重要な役割を果たしていることから、今月のタイトルは「深海からの栄養」としました。サクラエビ漁は、春(3月下旬から6月初旬)と秋(10月下旬から12月下旬)の2回、夏の産卵期を避けた期間に行われています。

春と秋に行われるサクラエビ漁

サクラエビ漁 撮影地:清水区由比 撮影協力:朝日丸

サクラエビ漁 撮影地:清水区由比 撮影協力:朝日丸
Photo by Takashi Tetsu

サクラエビ漁の網は基本的に船一隻が引き、漁獲があると無線で直近の船舶に連絡をしてサポートしてもらい、船二隻で網を挟むようにしてサクラエビを引き上げます。その後、市場へ水揚げする時に使用する箱にサクラエビを振り分けます。その際に混獲物のハダカイワシや、時期にもよりますが通称シラガと呼ばれるタチウオの仔魚などを取り除いて箱詰めします。

サクラエビの揚収(ようしゅう)。左の籠の中で黒く見えるのがハダカイワシ 撮影地:清水区由比 撮影協力:朝日丸

サクラエビの揚収(ようしゅう)。左の籠の中で黒く見えるのがハダカイワシ 撮影地:清水区由比 撮影協力:朝日丸
Photo by Takashi Tetsu

市場でセリにかけられて落札されたサクラエビは、急速冷凍や釜揚げ、天日干しなどの工程を経て、ブランディングされた駿河湾産サクラエビとして販売されています。

フォトジェニックな富士山とピンクのじゅうたん

籠でヒゲ(触覚)を取り除いて網の上に均等に広げる作業 撮影地:富士川河川敷

籠でヒゲ(触覚)を取り除いて網の上に均等に広げる作業 撮影地:富士川河川敷
Photo by Takashi Tetsu

天日干しの作業は、基本的に春エビ漁の時に行われることが多いですが、天気やタイミングが良いと秋エビの漁期にも行われることがあるそうです。しかしながら、次の写真のように雪を十分に蓄えた富士山とのコラボレーションを狙って撮影するなら、やはり春エビ漁期が狙い目です。

サクラエビが干し上がるまで広げられるピンクのじゅうたん 撮影地:富士川河川敷

サクラエビが干し上がるまで広げられるピンクのじゅうたん 撮影地:富士川河川敷
Photo by Takashi Tetsu

天気や気温にもよりますが、おおよそ2~3時間で適度に乾燥すると、端から網を中心に向かって丸めてゆき、山積みしたサクラエビを箱詰めします。その間、風下にいるとサクラエビの濃厚な薫りが漂ってくるので、朝食を抜いて現地に行ってしまうと辛い思いをします。ご注意を(笑)。撮影をする際には、そのエリアの業者の方に挨拶をして、撮影の可否や注意を聞いてください。髪の毛が混入することが考えられますので、帽子は必需品です。帽子を着用しているだけで、こいつは理解があるなぁ的な信頼が生まれます。

春と秋はダイビング中に見られるかも?

浅瀬で撮影したサクラエビ 撮影地:三保真崎 体長3㎝ 水深3m

浅瀬で撮影したサクラエビ 撮影地:三保真崎 体長3㎝ 水深3m
Photo by Takashi Tetsu

確定的なデータはありませんが、例年11月上旬の日中、浅瀬でサクラエビを観察することが何度かあります。本来は深くて夜にしか見られない本種が、エントリー直後に群れで見られるなんて、ある意味、白昼夢のようです。ただ、この時期は浅瀬に捕食魚がわんさかいるので、数日で食べ尽くされてしまいます。過去に2回ほど、5月の日中の水深18mにおびただしい群れが現れたこともありました。たぶん鉛直移動で夜間に浅い水深に上がってきた群れが、潮流と風で沿岸に移動してしまい、戻れなくなったのではないかと推察しています。長い間、同じ場所で定点観察をしていると、そんなシーンに遭遇することがあるのですから、海への興味はいつまでも尽きることはないですね。

Profile

鉄 多加志
Tetsu Takashi

1965年(昭和40年)生まれ 静岡市出身
東海大学海洋学部 海洋生物学科准教授

鉄 多加志

ダイビング歴41年、潜水時間約1万3800時間。
国内70数カ所、海外20数カ所を含む約100カ所で潜っている。「ひとつの知識と経験が、同じ場所の同じ風景、生物をもっと魅力的にする」というモットーの下、同じ場所に潜って観察を続けるダイバーで、潜水歴の約8割は三保真崎。大学でも、「好奇心を持ち続けることで、同じ風景や生きものが同じように見えることはない」という観点で履修学生を指導している。

専門は潜水法で「浅海域での長時間潜水時におけるEANガス使用の研究」、「水中遺跡(沈船)潜水調査における安全対策の検討」「水中遺跡(沈没船)調査における安全な潜水方法の研究」(いずれも東海大学海洋研究所研究報告)をはじめ研究論文は多数。

主な著書(共著)に、オーシャンエクササイズ、駿河湾学、海洋考古学入門(いずれも東海大学出版)、THE DEEP SEA(静岡新聞社)、図版 世界の水中遺跡(グラフィック社)などがある。