連載 野生のイルカと泳ごう!
第4回 イルカと仲良くなるために①
イルカの行動を知る

「一生に一度は、野生のイルカと一緒に泳いでみたい!」
ダイバー、ノンダイバーを問わず、こんな声をよく聞きます。その後には大抵「どこに行けば野生のイルカと泳げるの?」「私でもイルカと泳げるの?」という問いが続きます。そんな「野生のイルカと泳ぎたい」あなたの疑問に写真と動画をふんだんに使って、丁寧に、楽しく答える連載。今回からイルカと仲良くなる方法を2回にわたって紹介します。まずは「イルカの行動を知る」ことから!
※2025年11月の情報です
はじめに

ミナミハンドウイルカの群れ(2024年10月4日 御蔵島)Photo by JUN HASEGAWA
こんにちは!素潜りツアーガイドの長谷川です。今回は御蔵島や小笠原でのドルフィンスイムの対象となるミナミハンドウイルカの様々な行動についてご紹介します。イルカと上手に泳ぐためには、まずはイルカの行動をよく知ることが大事。またイルカの行動について知らないまま近づくと、イルカたちの自然な行動を妨げ、イルカたちの暮らしに悪影響を与えてしまう可能性もあります。ここでは、ぼくがドルフィンスイムで実際に見たイルカの行動を動画で紹介しながら、イルカと仲良くなるためのポイントについて解説します。
ミナミハンドウイルカの様々な行動

人間の顔を覗き込んでくるイルカたち(2024年11月14日 御蔵島)Photo by JUN HASEGAWA
ドルフィンスイムが行われている地域のイルカは、ドルフィンスイマーの前で様々な魅力的な行動を披露してくれます。この章では、ドルフィンスイム中に見られるミナミハンドウイルカの行動について、3つのパートに分けて解説します。
イルカの鳴き声
ドルフィンスイマーがよく耳にするイルカの鳴き声には「クリックス」と「ホイッスル」の2種類があります。イルカたちはこれら2種類の鳴き声を使い分けることで、海の中で効率的に生活し、複雑な社会的生活を営んでいます。
イルカの鳴き声:クリックスとホイッスル
クリックス
動画前半の「ギギギギー」「ジジジジー」という鳴き声が「クリックス」。イルカは、自分が発した声が物体に当たって跳ね返ってきた反響音を聞くことで、周囲の地形、仲間や獲物の位置、大きさ、さらには質感までを把握することができます。これはエコロケーション(反響定位)と呼ばれるイルカ・クジラ類の得意技ですが、クリックスは、このエコロケーションに使われる鳴き声なのです。
ホイッスル
動画後半の「ピュイー、ピュイー」という口笛のような鳴き声が「ホイッスル」。仲間同士のコミュニケーションに使われます。多くのイルカは個体ごとに固有の「シグネチャーホイッスル」(署名音)を持っていて、群れの中で互いを識別するのにも利用されています。 またイルカと泳いでいる時、人間に向けてホイッスルが発せられていると感じることがあるのですが、人間とのコミュニケーションも試みているのかもしれません。
イルカ同士の特徴的な行動
ドルフィンスイムの主な楽しみの一つがイルカたちの行動観察。ここではドルフィンスイマーがよく目にする特徴的な5つの行動について解説いたします。
半球睡眠:泳ぎながら眠るイルカ

眠りながら泳いでいると思われるイルカの群れ(2024年10月4日 御蔵島)Photo by JUN HASEGAWA
イルカが整然と並んで水中をゆっくり泳いで来た時、イルカに近づいても何の反応もなく通り過ぎてしまうことがあります。このような時、イルカは「半球睡眠」という方法で泳ぎながら眠っていると考えられています。これは脳の片方ずつを交互に休ませる睡眠方法で、片方の目は開いたまま、もう片方の目を閉じて眠ります。そのおかげで溺れるのを防いだり、外敵を警戒したりしながら休むことができます。
イルカが無反応な時は「眠っているのかも」と考えて、無理に近づいたりせず、そっと見送ってあげましょう!
ラビング
ラビングしながら近づいてくるイルカ
2頭のイルカが胸びれなどで相手の体をさすりながら泳ぐ「ラビング」は、古い皮膚や汚れを落とす機能的な役割と、仲間との親睦を深める社会的な役割の両方を持つと考えられています。
ラビングしているイルカは、よく遊んでくれる印象があるので、そっと近づいて、「仲間に入れてもらう」のもありかもしれません。
海藻に体を擦り付けるイルカ
イルカが海藻を体に擦り付ける行動は「セルフラビング」と呼ばれ、皮膚の衛生的なケアやリラクゼーションの意味があると考えられています。一部の海藻には殺菌効果や皮膚を保護する成分が含まれていて、イルカが海藻を薬や保護クリームのように利用しているのではないか、という説も。また体をこすりつけるという行為がリラックス効果につながっている可能性があるとも言われています。
絡み合い行動
絡み合い行動
数頭のイルカが絡み合うようにして激しく身体を接触させる「絡み合い行動」。これを行うのは基本的にオスの群れで、交尾の練習およびオス同士の絆を深めることが主な目的ではないかと考えられています。交尾の練習の「受け手」側は多くの場合年上のイルカであり、また「役割」を交代して行われることも確認されています。
迫力満点なのでつい見とれてしまいますが、イルカたちはかなりエキサイトしていて、巻き込まれて怪我をする可能性もゼロではないため、絡み合い行動をしている集団には近づきすぎないことをお勧めします。
甘噛み?し合うイルカたち
上の動画では、若いオスと思われる集団がお互いに「甘噛み」し合っていて、絡み合い行動の一つのバリエーションではないかと感じています。「攻守」の入れ替わりがあり、喧嘩というよりは、仲の良い子ども同士がふざけ合っているように見えます。
子育て
母子イルカ
ミナミハンドウイルカの出産は春から秋の季節に多いとされています。生まれて間もない赤ちゃんは白っぽく、体に「胎児線」と呼ばれる縞模様があるので、すぐにそれと分かります。赤ちゃんイルカが時々お母さんのお腹の下に潜ったりしながらヨチヨチ泳ぐ姿が最高にキュート!
授乳
たまにこのような母子イルカの授乳シーンを目にすることがあります。子イルカは約3年間母イルカと過ごした後に「親離れ」しますが、生まれて3年目の子イルカは体もかなり大きくなっていて「こんな大きなイルカがお乳を飲むの!?」とびっくりすることもしばしば。
背泳ぎでテールスラップ?する子イルカ
この動画の子イルカは、背泳ぎの姿勢でひたすらテールスラップ(尾びれで水面を叩く行動)をしていました。テールスラップは、普通は(背泳ぎではなく)通常の姿勢で行われ、その目的は主に「威嚇」や「コミュニケーション」ではないかと言われています。しかしこの子は実に楽しそうに、リズミカルに尾びれを叩いていました。
こんな感じで、子イルカの可愛さは半端なく、子育て中のイルカに出会うことはドルフィンスイムの大きな楽しみの一つと言えます。ですが、特に生まれたばかりの赤ちゃんを連れた群れや授乳中のイルカについては、自然な行動を妨げないために、こちらからむやみに近づきすぎないよう注意しましょう!
採餌(さいじ)
採餌するイルカ
ミナミハンドウイルカが採餌する主な時間帯は夜間から早朝と考えられていて、ドルフィンスイム中に採餌しているのを見る機会はそれほど多くありません。しかし稀にこのような採餌シーンを目にすることがあります。こういう場面に出くわすと、イルカが野性味あふれる捕食者であることを再認識させられます。
ちなみに採餌・捕食の時、イルカは人間そっちのけで獲物に集中しているので、割と近づいても大丈夫かな?と個人的には思っています。
ドルフィンスイマーに対する特徴的な行動
ドルフィンスイムが行われている地域のイルカは積極的に近づいて来て、スイマーを意識した様々な行動を見せてくれることがあります。この章では、ドルフィンスイムの一番の醍醐味ともいえるそれらの行動を紹介します。
水面で人の周囲を回る
水面で人の周囲を回るイルカ
ドルフィンスイマーに対するイルカの行動の中でもポピュラーなのが、この「水面で周囲をぐるぐる回る」行動です。間近で目を合わせながらイルカと過ごす時間はまさに至福。水面なので息止めの必要がなく、特別なスキルも必要ないので、初心者から楽しむことができます。ただし最近は、あまり遊ぶ気がない仲間を逃がすための囮(おとり)的な行動ではないか、という説も。いったいどんな気持ちで周っているのか、イルカに本心を聞いてみたいですね!
水中で人と一緒に回る
水中で人と一緒に回るイルカ
多くのドルフィンスイマーが憧れるシチュエーション!ドルフィンスイムにおいてイルカとの一体感を最も強く感じることができる体験は、おそらくコレではないでしょうか?ただし、イルカに合わせて泳ぐスキルと体力、そして息の長さが求められるため、誰にでもすぐに出来る、というものではありません。
イルカは、自分たちを楽しませてくれる高いスキルを持つドルフィンスイマーを見分け、遊びます。イルカを魅了する泳ぎを身に付ける一番の近道は、とにかく地道に練習と実践を積むことではないかと思います。
楽しさ爆発!?ホイッスル&嬉し泡
ホイッスル&嬉し泡
イルカがホイッスルを継続的に発し、泡をプクプク吐きながら泳ぎまわっているのを目にすることがあります。これはおそらく、楽しさでテンションが上がっている状態ではないかと思います。この状態のイルカはかなりの確率で人間と遊んでくれるので、積極的にアプローチしてみてください!
御蔵島で大流行り!?「茶柱」イルカ
茶柱イルカ
イルカが直立姿勢で泡を吐きながらゆっくり沈んでいく…御蔵島の常連スイマーたちは、この不思議な行動を「茶柱」と呼んでいます。茶柱が何の目的で行われているのかは不明ですが、少なくとも、生きて行くために絶対に必要な行為ではなさそう(笑)。
なんとなく人に見せるためにやっている感じはするのですが、急に人が近づくとやめてしまうことがあるので、少し離れて見守るか、ゆっくり近づいて観察するようにしましょう。
威嚇?口を開けて鳴くイルカ
威嚇?するイルカ
イルカが口を開けながら鳴く行動は一般的に「威嚇」であると考えられています。上の動画では、ぼくが進路妨害するような状況になっていたため、イルカに不快な思いをさせてしまった可能性があります。このような行動に遭遇してしまったら、これ以上イルカにストレスを与えないよう距離を取りましょう。
話しかけてくるイルカ!?
しかし、イルカが口を開けて鳴くのは威嚇だけではない気もしています。この動画では、ぼくに寄り添って泳いでいたイルカが急停止して、突然こちらを振り返って数回鳴き、その後正面に移動してこちらを向き、一鳴きして去っていきました。この時は威嚇されているより、イルカがぼくに何かを伝えようとしているのではないかと感じました。
まとめ

生まれて間もない子イルカ2頭を連れた群れ(2025年6月19日 御蔵島) Photo by JUN HASEGAWA
ドルフィンスイムで出会うイルカは、周囲に人間がいる状態に慣れているため、かなり素に近い姿を見せてくれているのではないかと思います。しかしドルフィンスイムはイルカの自然な状態に干渉するアクティビティでもあり、ぼくらドルフィンスイマーは「海にお邪魔している」という謙虚な気持ちを持ち、イルカたちの暮らしに過度の影響を与えないように注意しなければなりません。その上で、イルカたちの行動観察やイルカとの交流を、存分に楽しんでいただけたらと思います。
次回は「イルカと泳ぐ練習をする」というテーマでお届けいたします。乞うご期待!
ダイビングガイド・自然保護活動家
長谷川 潤(HASEGAWA, Jun)
素潜り・ドルフィンスイムがメインのダイビングショップdive station baseのツアーガイド。海の美しさ・楽しさ、そして環境問題を、映像・写真・文章のすべてを駆使して発信することがライフワーク。1992年に小笠原でスキューバダイビングとスキンダイビングを初体験して以来、海の魅力にどっぷりはまる。1997年からは御蔵島のドルフィンスイムに通い始め、イルカの魅力に取り憑かれる。2022年末に長年勤めていた科学館を退職し、ダイビングガイドの道に入る。また2016年に、ドルフィンスイムガイドの草地ゆきと共に「御蔵島のオオミズナギドリを守りたい有志の会」を立ち上げ、鳥を捕食する御蔵島の野生化ネコを捕獲・譲渡する活動を行っている。











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