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感動の一瞬はこうして生まれた…… フォト派ダイバー必見!
水中写真家 作品探訪

色彩豊かな海中世界からドキュメンタリーまで
幅広い視点で多くの人の心をとらえる人気写真家

鍵井靖章 Yasuaki Kagii

鍵井靖章

モルディブ
写真集『wreath』でも掲載している作品。今回は、ネットということで、本来の色を見てもらえるのではないか、と思い選んだ1枚。キンギョハナダイの数があまり多くないので、ブラしてその空間を埋めるように作品作りした。

自己発現のために撮っていた20代から
人が喜んでもらえることを考えて撮るようになった40代へ

この写真は誰に届くかな?と考えながら
撮影している

マリンダイビングWeb編集部(以下、編)-鍵井さんのお写真は『マリンダイビング』の特集のために撮り下ろしの写真を見せていただいたり、写真展や写真集などでたくさん拝見してきましたが、写真のバリエーションがものすごく豊かです。いったい鍵井さんはどんな思いで、どんな潜り方をして、撮影をされているのですか?

鍵井靖章さん(以下、鍵井)-新型コロナウイルス感染症で海外に行けなくなる前は、雑誌の取材がメインだったんですけど、コロナ禍以降は自分の写真を使って、自分が主体となって、展覧会やイベントなどをやってきているわけですが……。撮影の仕方は変わりましたね。でも最初の頃は、水中写真を始めた20歳ぐらいの頃ですけどね、表現者として僕はこんなものを撮れるんだぞとか、こんなすごい写真が撮れるんだぞっていう感じで撮影をしていました。単純に自分のために、自分の存在を証明したくて撮っていることが多かった。でも40歳で『海中散歩』という写真集を出してかれこれ10年ぐらい経つのかな。写真を人に見てもらうということのおもしろさがわかってきて……。だから写真を始めた20代の頃、あ、30代の頃はあまり覚えていないんですけど。必死過ぎて(笑)、その頃とは表現の仕方が変わって、40代になってからは自分のために撮っているというよりは見てくださる皆さんのために撮っているというだけなのかもしれませんね。
写真家でもカメラマンでも「表現者」だから、自分が写したいものを写してみんなに届くのがいいことなのかもしれないけど、振り返れば40歳になって表現者というよりは皆さんのところに届くことを最優先して撮ってきました。今もそうなんですけれども、そういう撮影をして、それが写真集などの形になって、自分の写真が皆さんに届くことの喜びというものを知って、そういうところから僕は変わってきたんだと思います。だから、撮影している時も“これは誰に届くかな”と考えながら撮ってることが多いですね。
僕が生き物たちとか景色とかいろいろなバリエーションで方向を広げているというのであれば、そういうことを考えて撮っているからかもしれない。

-ぷっと笑える写真もとっても魅力的で、私もつい笑ってしまいます。

鍵井-それはごめんなさい、僕が関西人だからです(笑)。最近、関西によく行っているのに、「鍵井さんは関西を裏切った、裏切った」ってよく言われて(笑)。裏切ってないですから。
だからぷっと笑えるシーンを見つけちゃうのも、関西人だからです(笑)。

基本はイメージなしで撮影に臨んでいるけれど
ブリーフィングはよく聞いています。しつこいぐらいに

-例えば、モルディブならモルディブで、葉山なら葉山で、撮影前に「今日はこんな撮影をしよう」といったイメージを持って出かけるのですか? それとも、その日のその海況に応じて、ブリーフィングを聞いて決めるのですか?

鍵井-僕はいつも同じことを言ってますけど、その日のその海況で何もイメージを持たずに入ることが多いですね。
ただ葉山にしてもモルディブにしても、たくさん潜らせてもらっている状況で、よく潜っているガイドに限らず、潜る前にガイドさんとはよく話をします。

-それは被写体のヒントを引き出そうとしてですか?

鍵井-そうですね、それは単純にそうですね。
潜れる時間って限られているわけじゃないですか。それを最大限有効に使おうと思ったらガイドさんの力って大きいので。ガイドさんからその日の海の状況は聞きますし、正直言ってちょっとしつこいかもしれません(笑)。欲しがるんで、僕(笑)。でも、海の中に入ったら正直言ってガイドさんを忘れるぐらい(笑)自分の絵作りに集中しています。

皆さんが見ることのできる景色を
僕なりの視点で撮ってきたコロナ禍前

-鍵井さんは自分にしか撮れない写真をいつも模索されているように思います。

鍵井-それは、僕の中で段階というか、表現者としての段階ってあると思うんですね。コロナ前までは雑誌社や旅行会社から仕事をいただいて撮ってきているわけじゃないですか。別に自分の好きな生き物を求めて行っているわけじゃなかった。もちろんモルディブとかインドネシアとか皆さんが憧れる素晴らしい海に行かせてもらっているということには感謝しているし、幸運なことだとは思うんですけど、撮影に関しては皆さんが行くことのできる、そんなに特別でもない景色を絵にしようとしているカメラマンでした。

-元雑誌社の編集人としては大事でしたけど(笑)。でも、そんなに特別でもない景色を鍵井さんが撮影すると私たちにとっては特別なものになっていたということですね。

鍵井-コロナ禍前まではそれを大事にしてて、やってきたつもりです。パッと見て生き物だけの力、生き物だけのパワーで押しきれる、被写体のパワーだけで押し切れる写真もあるわけじゃないですか。それはそれで今後撮影したいと思っています。だから今、僕が頑張って仕事をしてきたのは、皆さんが見ることのできる景色を僕なりの視点で絵にしたいということで努力してきました。でも僕も表現者ですから、次は見ただけで圧倒的な景色とか、生き物そのものに力があるものも撮影していきたいなと思っていたりもします。

コロナ禍後、言いたいのは
すみませんでした!

鍵井靖章

阿嘉島の海中風景
コロナの後、この景色が私の日常になりました。日本の海、とても贅沢ですね

-鍵井さんはコロナ以前は海外での撮影が多かったように思います。この2年間、日本の海を潜ってみて改めて気づかれたこと、感動されたことを教えてください。

鍵井-一言で言いますと、22年間カメラマンやってるのかな? 「水中写真家として名乗っていてすみませんでした!」と言いたいです。外国の海ばかりに目がくらんで日本の海を何一つ知りませんでした(笑)。
反省ですね。コロナは素敵なことじゃないけど、僕に限らず外国で潜ることを楽しみにされていたダイバーさんはきっと自分と同じ気持ちだと思うんですよ。
例えば阿嘉島。僕、たぶんコロナ禍以降、毎月もしくは2カ月に一回は阿嘉島に行っているんですけど、あんなに――僕、白い砂地にサンゴとかがあるところが好きなんですけど――あんなに浅瀬で簡単にダイビングの魅力を教えてくれるポイントはないんじゃないかと思います。
あと光が射すポイントも、こんなに一つのポイントで、時間帯や水面の様子で魅力が違うんだと驚かされます。僕たちは自然の中で遊んでいるんだなということを通うことによって痛切に理解できました。
コロナ禍後、伊東に行ったんです。伊豆半島に行くのにも、ガイドをしていた八幡野に行くのにも、伊東を素通りしていたんですけれども、あんなに慣れ親しんだ伊豆半島にあんなにすごいポイントがあるんだって想像もしなかった。
そして北海道。札幌の《ロビンソン ダイビングサービス》の西村浩司さんにお世話になっているんですけれども、コロナ禍前、毎年流氷に「行く行く」って言ってたんですよ。で、“鍵井さんは行く行く詐欺”って言われていた(笑)。でも本当で、寒くなるとすぐ外国に行ってた。北海道に行くと言いながら。というのも、正直、水温が怖かったんですよ(笑)。低水温が怖かった。でも、コロナになって女優でダイバーの木村文乃さんと写真を撮る仕事もあったので、初めて流氷ダイビングに行ったんですけど。アイスフード、ミトン(グローブ)など装備をしっかりすれば、想像よりも全然快適に氷の下を楽しむことができたんですよ。
何よりも20分、30分のダイビングで、ロープが体とつながっていて、それを引っ張って上がりたいと合図をすれば上がれるんですよ! それって自分が寒さを感じる前に、快適なところでダイビングを終えることができるということなんですよ。むちゃくちゃいい。エントリーもエグジットも自分のタイミングでできるのは最高です。最近は寒冷地用のレギュレーターなど装備も進化しているじゃないですか。それを考えると流氷も良かったです。

写真集も共著で出した葉山の海とは

鍵井靖章

葉山
葉山で撮影した1枚。撮影時に、この白い波に私は引き摺り込まれたけど、ガイドの佐藤輝さんは、ただ眺めているだけだった……(笑)

-日本の海といえば、昨年、鍵井さんは神奈川県・葉山の《ダイビングショップNANA》の佐藤輝さんと共著で写真集『湘南 波の下水族館』を出版されました。葉山は鍵井さんにとってどういう海ですか?

鍵井-例えば昨年は東日本大震災10年目という節目でもあったので、女川の高橋まさ(正祥)くんのところに行ったり、愛媛県・愛南の田中翔くんのところなど《ダイビングショップNANA》出身のガイドさんが独立して頑張っているところをたくさん潜ったんですよ。女川にしろ愛南にしろ、南と北という違いはあれど、イソギンチャクとかカイメンとか、海底がすごい色に彩られているんですよ。実際。それって正直どこを撮っていいか目移りしちゃう感じなんですよ。葉山ってそこまで海底に色があふれているわけでもなく、どちらかというと、日々生き物の観察に卓越したガイドさんが案内してくれたりするわけじゃないですか。例えば僕の場合ですけど、ダイビングで撮影するときはガイドさんが教えてくれる旬の生き物があるんですけどね、それに集中して向き合えるんですよ。
何が言いたいかというと、女川とか愛南とかだったら、なんとなく絵になる景色をバンバンバンと自分でも見つけられるから、それはそれで楽しいんですけど。葉山だったらこれを撮りなさいって教えてもらった生き物とぐっと向き合うことができるので、例えばRG BLUEの三脚付きのスヌートという水中ライトで多角的なライティングで写真を撮ったりして……。僕にとっての葉山はそういう写真的な新しい試みとか、ライティングのテクニックとかで技を磨ける海かな。近所だからとても重宝しています。

今年は日本の海をテーマにした写真集を出版予定

-最後の質問となりますが、鍵井さんの今後の目標を教えてください。

鍵井-まず夏頃、ありがたいことに、日本の海をテーマにした写真集を出版予定です。さっきは日本の海を知りませんでした、すみませんと言いましたが、今、必死に日本の海を巡ってます。だからまあみんなが鍵井さん、「いつから外国に行くんですか?」って聞くんですけど、まずはその目標があるので、写真集の作品撮りのために日本を潜っています。

-楽しみですね~。ということは写真展も開催されますね?

鍵井-たぶんあります。ただ、写真集の販促だけの写真展はしないかもしれないですね。もうちょっと鍵井EXPOじゃないけど、これまで発売しているシールやステッカーを使ったり、映像を使ったりするLIVE的なものをやるんじゃないかな。

-夏の楽しみが増えました! ありがとうございました。写真集のための撮影、頑張って楽しんでくださいね。

鍵井靖章
Yasuaki Kagii

PROFILE
かぎい やすあき
1971年、兵庫県生まれ。水中写真家。
大学在学中に水中写真家・伊藤勝敏氏に師事する。
1993年よりオーストラリア、伊豆、モルディブに拠点を移し、水中撮影に励む。
1998年に帰国。フリーランスフォトグラファーとして独立。
自然のリズムに寄り添い、生き物に出来るだけストレスを与えないような撮影スタイルを心がける。
約20年間、海の生き物に、出会い、ふられ、恋して、無視され、繋がり、勇気をもらい、そして子育ての方法などを教えてもらいながら、撮影を続けている。
2011年3月11日以降は、岩手県の海を定期的に記録している。
2013年 Clé et Photos クレ・エ・フォト代表
写真展は1999年のオリンパスギャラリー第15回アニマ賞企画展をきっかけにキヤノンギャラリーやFUJIFUILM SQUQREなど多数開催。
2006年のTBS「情熱大陸」出演を皮切りにTVやラジオなどメディアでの出演も多く、雑誌等でも大活躍。

鍵井靖章

◆受賞歴
1998年 第15回アニマ賞受賞(平凡社)「ミナミセミクジラの海」
2001年 ネイチャーフォト部門賞(講談社『週刊現代』主催)受賞
2003年 日本写真協会新人賞受賞
2013年 日経ナショナルジオグラフィック優秀賞受賞

◆著作
2004年 写真集「海色えんぴつ」PHP研究所刊
2008年 写真集「Deep Blue」Carltonbooks刊/イギリス
2011年 写真集「アシカ日和」マガジンハウス刊
2011年 デジタル写真集「グレイトブルー」写真工房刊
2012年 写真集「海中散歩」PIE International刊
2013年 写真集「ダンゴウオ -海の底から見た震災と再生-」新潮社刊
2013年 写真集「夢色の海」PIE International刊
2014年 写真集「ゆかいなお魚」PIE International刊
2014年 写真集「二匹のさかな」PIE International刊
2015年 写真絵本「ダンゴウオの海」フレーベル館刊
2015年 写真集「The Shark」サメたちの海へ 誠文堂新光社刊
2015年 写真集「彩りの海」PIE International刊
2017年 写真集「不思議の国の海」PIE International刊
2017年 写真集「wreathリース」日経ナショナルジオグラフィック社刊
2017年 写真集「unknown未知なる海」日経ナショナルジオグラフィック社刊
2019年 写真集「SUNDAY MORNING ウミウシのいる休日: ウミウシのいる休日」 中野理枝(共著)文一総合出版
2021年 写真集「湘南 波の下水族館」 佐藤輝(共著)青菁社
など

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