新連載
ダイビング博士 山崎先生のダイビングを科学する!
第1回「水と水圧を科学する!」
ダイビング初心者の方には、ダイビングがなかなか上手にならない、インストラクターの言っていることがピンとこない、という方も多いですよね。一方で、熟練インストラクターの方でも、自分ではできるけど人に理由をうまく説明できない、どうやってお客様に伝えたらよいかわからない、といった悩みをよく聞きます。
この連載「ダイビング博士 山崎先生のダイビングを科学する!」では、そんなスキューバーダイビングの悩みや疑問を科学的にわかりやすく説明していきます。
科学的にダイビングを理解することで、ダイビングのスキルアップを目指しましょう!
※2024年9月の情報です
はじめまして!先日ダイブマスターの泳力テストに合格したばかりで、ダイビングテンション爆上がり中!目指すは「ダイビング博士」の山崎詩郎です。普段は東京工業大学理学院物理学系の助教として物理学の研究と教育を行っています。そのかたわらで、科学を誰にでもわかりやすく伝える科学コミュニケーターとして、TV出演や映画の科学監修を多数務めています。
この連載の最初の数回では、誰でも必ずできるようになる「中性浮力」の科学的な方法をお伝えします。第1回は、そもそも「水」ってどんなものか改めて考えてみましょう。
そもそも「水」ってどんなもの?
突然ですがクイズです。「水」と「空気」の似ている点はどんなところでしょうか?答えは、どちらも透明であること、どちらも無色であること、など色々あります。おそらく一番面白い答えは、どちらも自由自在に形を変えられるということです。風船を膨らませれば空気は風船の形になりますし、ゴミ袋で捕まえれば空気はゴミ袋の形になります。同じように、水はワイングラスに注げばワイングラスの形になりますし、バケツに注げばバケツの形になります。
では、もう一つクイズです。今度は「水」と「空気」の全然違う点はどんなところでしょうか?ある科学雑誌の質問コーナーで、小学生からこんな質問を受けたことがあります。「どうして空気は縮められるのに、水は縮められないのですか?」私は次のように答えました。「空気は空気の粒がスカスカに間が空いていて、水は水の粒がギュウギュウに詰まっているからだよ」。このように、「水」はギュウギュウに詰まっていてこれ以上縮みません。一方で、「空気」はスカスカで押すと縮みます。風船は縮めることができますが、水風船は縮めることができないというわけです。
「水」のように自由自在に形を変えられるけれども、伸び縮みできないものを「液体」と言います。一方で、「空気」のように自由自在に形を変えるだけではなく、伸び縮みできるものを「気体」と言います。ちなみに、「石」のように自由自在に形を変えられないものは「固体」と言います。
ここで強調させてください…!実は、スキューバーダイビングは数あるスポーツの中でも常に「液体」の中で行う唯一のスポーツなんです…!このことが、ダイビングを本質的に唯一無二の体験にしています。そして、ダイビングの上達のためには、「水」や「液体」の性質を理解することが意外と大切なんです。さて、ダイビングは「液体」のスポーツということがわかりましたが、では人間が「水」のような「液体」の中に入ると、どんなことが起こるのでしょうか?
「水」の中では「水圧」がかかる
ここでナゾナゾです。「今、これを読んでいる全ての皆さんの頭の上に絶対あるものってな~んだ?」。答えは、天井?いえいえ、屋外で読んでいる人もいるかもしれません。では、帽子?いえいえ、何も被っていない人のほうが多いでしょう。全ての皆さんの頭の上に絶対あるもの、それは「空気」です。「空気」はこれを読んでいる全ての皆さんの頭の上に必ず乗っかっています。流石に水中でこれを読んでいるつわものはいませんよね…?では、その「空気」はどのくらい上空まで続いているかご存知ですか?とても大まかに言って10km程度です。本当は100km以上あるのですが、空気は上空でどんどん薄くなるので、大まかに10kmと考えても大丈夫です。
「空気」はとても軽いものですが、ちゃんと重さがあります。皆さん、首を曲げて真上を見つめてみてください。その真剣なまなざしの瞳の真上に、瞳と同じ直径のタピオカストローのような細長い空気の棒が乗っているところを想像してみましょう。その重さは高さ10m(メートル)の空気の棒でだいたい1g(グラム)ぐらい。な~んだ、やっぱり軽いじゃん、と思った人。ちょっと待ってください。その空気の棒はなんと宇宙空間まで10km(キロメートル)分も乗っかっているんです。10kmは10mの1000倍、ということは瞳の上には1gの1000倍の1kg(キログラム)の空気の重さがかかっているんです…!瞳がつぶれそうで、思わず目をつぶってしまいそうですね。でもそれだけではありません。顔面の広さは瞳よりも大体200倍ぐらいありますから、顔面には200kgの重さがかかっているのです…!お相撲さんが片足で皆さんの顔面を踏みつぶしているところを想像してみてください。それだけの力を今皆さんは受けているんです。このように、「空気」のような「気体」の中で受ける圧力のことを「気圧」と言います。今皆さんが感じている「気圧」のことを「1気圧」と言います。そうです、「1気圧」って実はとんでもなく強い力なんです。
ここで、1気圧がどれぐらい強いのか体感する実験をしてみましょう。
1気圧の体感実験①
図1
まず、図1のように平らな机としたじきとフック付きの吸盤を用意します。
1気圧の体感実験②
図2
次に、図2のようにしたじきの真ん中に吸盤を取り付けて平らな机の上に置きます。
1気圧の体感実験③
図3
次に、図3のようにフックに指をかけてしたじきを机の上から真上に持ち上げてみます。するとどうでしょう。したじきが机にくっついてまったく持ち上がりません。諦めずにフックを全力で上に持ち上げると、なんとしたじきが机から持ち上がらないどころか、机が持ち上がってしまいます…!重さ5kgぐらいある机がしたじきで持ち上がってしまいました。
1気圧の体感実験④
図4
もちろん、図4のようにしたじきの裏には接着剤もボンドもついていません。どうしてこんなことが起こったのでしょうか?
実は、「気圧」のおかげなんです。したじきの上には宇宙空間まで続く空気が乗っかっています。したじきの広さを考えるとその重さは大体200kgです。ということは、したじきを持ち上げるには200kgのものを指一本で持ち上げるのと同じものすごい力が必要だということです。これは指でお相撲さんをつまんでヒョイッと持ち上げるのと同じぐらいの力です。一方で、机の重さはわずか5kg程度ですので、したじきが持ち上がる前に机が先に持ち上がってしまったのです。この実験はしたじきと吸盤を200円ぐらいで買えばお家でも簡単にできるので、ぜひやってみてください。子どもはもちろん大喜び、大人でもみんなとても驚きます。インストラクターの方々も、ぜひこのキットをショップに常備することをお勧めします。ショップではどうしても「水圧」の再現はできませんが、「気圧」なら文字通り目の前にあるので、初めてのお客様にダイビングの「水圧」の話を説明しやすくなります。
「気圧」がどれだけ強いかはわかりました。では「空気」よりも1000倍も重たい「水」の場合はいったいどうなるのでしょうか?わかってくると、考えるだけでも恐ろしくなってきませんか…?「水」のような「液体」の中で受ける圧力のことを「水圧」と言います。「水」は「空気」よりも大まかに1000倍重たいです。そのため、空気が10km(キロメートル)で生み出した瞳の上の1kgという力は、水は1000倍も短いわずか10m(メートル)で生み出してしまいます。つまり、わずか水深10mで1気圧を生み出してしまうのです。「水圧」は大雑把に10mで1気圧大きくなると覚えておくとよいです。水面の時点で気圧が1気圧なので、水深10mはそこに水圧1気圧を加えて2気圧、水深20mは3気圧、水深30mは4気圧、ファンダイビングの深度限度である水深40mは5気圧になります。こうして考えていくと、「気圧」や「水圧」で上から押しつぶされてしまわないか心配になりませんか?でも、その心配はまったくないんです。さて、どうしてでしょうか?
「水圧」は上からも、下からもかかる
図5
図6
「空気」の「気圧」や、「水」の「水圧」に関して多くの方が誤解していることがあります。それは、図5のように水圧は上から下向きにかかっている、という誤解です。ここで思い出してほしいことがあります。それは、「水」は「液体」なので自由自在に変形するということです。すると、「水」は上から「水圧」をかけるだけではなく、ニュルっと横に回り込んで、横からも「水圧」をかけてきます。さらに、ニュルニュルっと下に回り込んで、下からも「水圧」をかけてきます。このようにして、図6のように上下左右前後の全方向から体を包み込むようにして均等に「水圧」をかけてくるんです。頭の上に重たいブロックを重ねて乗せているのとはわけが違うのです。
ここで、「気圧」が上下左右からかかっていることを体感する実験をしてみましょう。先ほどと全く同じ実験を、今度は机の下にしたじきをおいてやってみます。すると、先ほどと全く同じようにしたじきを机から取り外すことができません。これは、「気圧」が下からも上向きにかかっているからです。
まとめ
「水」は自由自在に変形する「液体」であること、「水圧」は深いととても強いこと、「水圧」は上下左右からかかることを実感していただけたでしょうか。ここで、あることに気がつきます。上から下向きにかかる「水圧」より、むしろ少しだけ深い下から上向きにかかる「水圧」のほうが大きくなります。ということは…そこで、いよいよ次回はダイビングの肝である「浮力」についてお話しします。
この連載では、ダイビングの科学に関する素朴な疑問を大募集しています。初心者の方からインストラクターの方まで、ぜひ質問を編集部までお寄せください。皆様の質問が記事に採用されるかもしれません。 ※お問い合わせ内容に「山崎先生に質問!」と記載してください
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物理学者
山崎 詩郎 (YAMAZAKI, Shiro)
東京大学大学院理学系研究科物理学専攻にて博士(理学)を取得後、日本物理学会若手奨励賞を受賞、東京工業大学理学院物理学系助教に至る。科学コミュニケーターとしてTVや映画の監修や出演多数、特に講談社ブルーバックス『独楽の科学』を著した「コマ博士」として知られている。SF映画『インターステラー』の解説会を100回実施し、SF映画『TENET テネット』の字幕科学監修や公式映画パンフの執筆、『クリストファー・ノーランの映画術』(玄光社)の監修、『オッペンハイマー』(早川書房)の監訳を務める「SF博士」でもある。2022年秋に始めたダイビングに完全にハマり、インストラクターを目指して現在ダイブマスター講習中。
次の目標は「ダイビング博士」または「潜る物理学者」。