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【ドキュメント】~スペシャル企画:海の環境を考える~
洋上風力発電のエコロジーデザイン、藻場再生プロジェクトの先駆者~渋谷正信氏~

脱炭素時代のダイバーの役割 第1回

脱炭素時代のダイバーの役割

原発に替わる再生エネルギーとして、今、最も注目されている洋上風力発電。今後10~30年の間に段階を追って、日本沿岸に計4500基の発電用風車の設置が計画されています。洋上発電については欧州に大幅に遅れをとった日本。しかし日本には、潜水工事の傍ら海中の健康状態を地道に観察し、生物との共存、漁業との共栄を実現する洋上風車の環境デザインを提唱し、欧州でも高い評価を得た一人のプロ潜水士がいます。プロダイバーとして45年にわたり、東京湾アクアラインや羽田空港海上工事をはじめ、数々の大型海洋プロジェクトに携わってきた渋谷正信氏(SDI渋谷潜水グループ代表)。渋谷氏は本業の傍ら、洋上風力発電をはじめ、海と調和した構造物のアドバイスを行っています。一方、20数年前から日本各地の海の環境を独自に調査。その結果、海が砂漠化する「磯焼け」による沿岸部の危機を痛感。その磯焼けの状況を著書や講演で訴え、再生プロジェクトも推し進めています。そんな渋谷氏が、海の現在(いま)と未来の可能性を伝える新シリーズ第一弾をお届けしましょう。

▼History

“誰にもできない仕事”に誇りを持って、潜水時間は4万時間

40数年にわたり、私はプロダイバーとして海、川、池、ダムとあらゆる水中環境で様々な仕事をこなしてきました。港や桟橋、防波堤などの水中部分、構造物の基礎や土台工事はもちろん、ヘドロの海での調査や不発弾の回収など危険を伴う仕事もあります。今でこそ“誰にもできない仕事だ”と誇りをもってできますが、糞尿にまみれながら下水処理場を改造する作業などは、若い頃はみじめな気持ちになったこともあります。事故や災害現場に駆け付け、漂流物やガレキの撤去、遺体の引き上げに携わることもあり、肉体的にも精神的にも鍛えられる現場です。気力も体力も充実していた20~30代は、“誰よりもいい仕事をしたい”と、がむしゃらに働きました。早朝から夕方まで、気がつけば12時間、水中で作業に没頭した日もありました。

鋼管切断作業を行うプロ潜水士(写真:渋谷潜水工業)

鋼管切断作業を行うプロ潜水士(写真:渋谷潜水工業)

海の破壊者からの脱却

プロ潜水士は水中バックホウ(施工機械)も使いこなす(写真:渋谷潜水工業)

プロ潜水士は水中バックホウ(施工機械)も使いこなす(写真:渋谷潜水工業)

高度経済成長期などは、エコロジーより開発をどんどん進めようという時代です。岸壁や港の土台を築く基礎工事にはダイナマイトが使われることもありました。磯の岩に穴をあけ、ダイナマイトを入れて磯を破壊するのですが、1回できれいに吹き飛ばせば「腕がいい」などと言われていました。当時は自然を壊している意識などなく、ただ夢中で仕事をこなしていましたね。
昭和の終わりから平成にかけてでしょうか、社会やマスコミでも環境問題が盛んに取り上げられるようになりました。ある日、森林伐採のドキュメンタリー映像に衝撃を受けたんです。そこには熱帯雨林の伐採を阻止しようと、自らの体を大木にくくり付けて反対する環境保護団体のメンバーと、木を切ろうとチェーンソーを持って並ぶ開発側の人間が映っていました。チェーンソーを持ったほうは、まさにダイナマイトで磯を吹き飛ばしている自分なのだと気づき、ショックでした。
社会のためにと懸命にやってきた仕事が、自然を破壊する行為だったと思うと本当に苦しかった。それでも家族や社員を守るために仕事は続けなければなりません。環境問題への興味がわき、保護活動をしている方々とも知り合って情報や知識が増えていく一方、仕事では自然を傷つけてしまう、潜水士を辞めようかとまで悩み、「海のために、自分にはいったい何ができるだろうと、そればかり考えていました。

東京湾アクアラインでの観察を海洋学会で発表

心の葛藤を抱えながら数年が過ぎた頃、東京湾アクアラインの仕事が始まりました。そこで、海の中の構造物が実際に環境にどう影響しているのかを観察してみることにしたんです。
風の塔といえば美しいデザインが目を引く人工島ですが、その美しさは、潜水士が水中で島を支える土台を築いているからこそ存在します。水中部は、鋼管を組み付けたジャケット構造になっているのですが、作業を終えた翌日、水中部の状況を確認するために潜ってみました。すると、杭の周りにたくさんのクロダイが群れていたんです。そういえば、これまでも東京湾で工事後に魚が集まる現場があったのを思い出したんです。それ以来、潜水工事の傍ら、観察と調査を続け、冬にはスズキが、暖かくなればイシダイやタコも住み着き、風の塔の海底部分は、巨大な人工魚礁になっていたことが分かりました。海ほたるの波消しブロックは、海藻がびっしり付いた藻場になっていたんです。自分は破壊ばかりしていたわけではなかったのかもしれないと思うと救われました。そして、「これからは自然と調和し、海の生き物が喜ぶような人工物でなければならない」と確信したのです。この時の観察記録は、1998年に神戸で開催された海洋学会《テクノオーシャン》で発表して好評を得ました。

東京アクアライン、風の塔と水中部のイメージ(渋谷潜水工業)

東京アクアライン、風の塔と水中部のイメージ(渋谷潜水工業)

今も進行する、日本沿岸の砂漠化

海と調和した人工物を造る方法は誰も教えてくれません。それは海の環境、水温や潮流、生息する生物も場所によっても様々です。まずは調査だと思い、全国を潜り始め、20数年かけて、全国50数カ所の海中を調査してきました。(編集部注:その貴重な記録と「海藻の森づくり」活動は、次回から連載で紹介する予定です) 

潜水調査する渋谷氏。写真は三重県、伊勢志摩の藻場(写真:渋谷潜水工業)

潜水調査する渋谷氏。写真は三重県、伊勢志摩の藻場(写真:渋谷潜水工業)

日本沿岸の調査を地道に続け、日本の磯焼けがいかに深刻な問題かをあらためて思い知りました。海水を浄化し、魚を育み、あらゆる海の生物の拠り所となる藻場の喪失は、まさに海の砂漠化を意味します。なんとか食い止めたい、できることからと活動し、少し効果が出たところもあります。しかし正直、それでは間に合わない。海洋環境を整えるには、もっと全国を巻き込んだ大がかりな展開が必要です。
日本は、暮しが便利になるようにと道路を造り、橋を架け、港を造って、海岸線をどんどん人工化していきました。浅瀬や干潟を埋め立て、工場や飛行場に利用してきました。開発の波は、全国の市町村にも広がって、沿岸は人工物で埋め尽くされ、その結果、潮の流れが変わり、海藻が減り、漁師さんからは魚介類がとれなくなったという声も聞かれます。海の環境を破壊するような工事は、もうするべきではありません。新たに造るなら、まず生態系に負担のかからない方法を調査して、その方法で少しずつ進めるべきなのです。今ある港や防波堤は、潮の流れがスムーズになるよう、魚が棲みやすい構造に造り変えていけばいいのではないでしょうか。

洋上風力エネルギーにかける情熱

洋上風力エネルギーにかける情熱

港湾工事よりさらに大きなストレスを海に与えているのが“地球温暖化”です。温暖化で黒潮が北上し、親潮とのバランスが崩れて水温が上昇し、海の生態系が変わってしまっているのは、ダイバーの皆さんならご存じでしょう。磯焼けの主な原因にもなっています。
私が洋上風車に出合ったのは、東日本大震災が起きる前のことです。日本の磯焼けは深刻で、なんとかできないか必死に考えていました。でも風の塔や海ほたるのように、海中部分が海藻や魚の楽園になっているのも事実です。そんなことを考えていた矢先、アメリカの展示会で手にした雑誌に出ていたのが洋上風車でした。職業柄、写真に写った風車より、その下の海の中はどうなっているのか、気になって仕方ありませんでした。もしこの洋上風車が世界中に建てられることになったら、海中部分の構造を工夫すれば、豊かな海を取り戻すことができるんじゃないだろうか。そう思うと、いてもたってもいられなくなりました。

そこで、2010年から欧米の海洋エネルギー先進国を視察して回ったのです。当時、日本ではまだ手に入らなかった洋上風力発電の資料や情報を集め、イギリスではホタテ漁の海を潜って水中も観察しました。その知識と経験を、長崎県五島市で始まった洋上風力発電のプロジェクトで生かせることになったのです。
(編集部注:連載②からは欧州の洋上風力発電事情、長崎県五島市の洋上風力発電について紹介する予定です)

再生エネルギーの切り札~洋上風力発電

日本政府は温暖化の原因である温室効果ガスを、2030年度に46%削減(2013年度比)の目標を立て、再生可能エネルギーに力を入れています。国土の限られた島国である日本で注目されているのが洋上風力発電です。政府は、2030年までに1000万kW、2040年には、原発45基分に相当する4500万kWの電力確保が目標と発表しています(編集部)。

プロ潜水士・渋谷正信profile

SDI渋谷潜水グループ代表

(株)渋谷潜水工業代表取締役
一般社団法人「海洋エネルギー漁業共生センター」理事

1949年、北海道釧路市近郊、白糠町生まれ。
1974年、海洋開発技術学校深海潜水科に入学。
卒業後、プロ潜水士として40年以上、国内外で海洋工事に従事。
1980年、渋谷潜水工業設立。
プロ潜水士の傍ら、海と調和するエコデザインの先駆者として調査や講演、セミナーを多数こなし、「海藻の森づくり」プロジェクトを進行中。水中塾を主催し、地域の海再生を目的とした交流活動や野生イルカと調和するハートフルスイムを提唱。1991年に湾岸戦争でオイル漏れの起きたペルシャ湾を潜って水中を撮影し、これをきっかけにメディアに登場。1995年、阪神淡路大震災の被災地でボランディアや神戸港の復旧作業工事に携わる。東日本大震災でもガレキ撤去、環境調査、復旧工事で活躍。
●主な書著:海のいのちを守る(春秋社)、地域や漁業と共存する洋上風力発電づくり(KKロングセラーズ)他
●テレビ出演:毎日放送「情熱大陸」(2008年)、夢の扉(2009年)、NHKプロフェッショナル仕事の流儀(2021年)

(聞き手/西川重子)