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~スペシャル企画:海の環境を考える~
渋谷正信氏に聞く 脱炭素時代のダイバーの役割

第3回:日本の洋上風力発電~長崎県 その①

脱炭素時代のダイバーの役割

洋上風力発電のエコロジーデザイン、藻場再生プロジェクトの先駆者・渋谷正信氏に聞く新シリーズ第3弾。洋上風力発電と藻場再生、渋谷氏が推し進めてきた2つの活動がいよいよシンクロしていきます。

▼History

オランダの研究者の調査結果にうれしい驚き

日本沿岸の磯焼けの現状を知り、調査と再生活動に奔走していた矢先に知った洋上風力発電。情報を集めようと毎年、欧州の展示会に足を運びました。洋上風車が海の生態系にどんな影響を与えているのかを知りたい一心で、電力事業者や建設会社などに「風車の下を潜らせてくれないか」と頼んで回りました。その時オランダの潜水会社と知り合いになり、教えてもらったのが、海洋生態系の応用研究や科学的サポートを行う研究機関イマーレス研究所のことです。オランダの北にある研究所を訪ね、ワーゲニンゲン大学教授のハン・J・リンデブーム博士にお会いし、洋上風車施設を調査した膨大な資料を見せてもらいました。それは私の期待を上回るものでした。その調査の結果は、洋上風車が海洋生物に悪影響を及ぼすどころか、風車周辺の海域で底生生物、魚類、海洋哺乳類まで増えたことが明らかになっていたのです。私がアクアラインの水中で観察したのと同じような魚礁化現象が、洋上風車が立ち並ぶオランダの海でもおきていたのです。

オランダ、イマーレス研究所の資料によれば、渡り鳥は風車の海域を避けて飛ぶようになったこと、アザラシなど哺乳類は、工事中は海域を離れましたが工事後には再び姿を現したとのこと。そして魚貝類も増えていました。(写真/(株)渋谷潜水工業)

オランダ、イマーレス研究所の資料によれば、渡り鳥は風車の海域を避けて飛ぶようになったこと、アザラシなど哺乳類は、工事中は海域を離れましたが工事後には再び姿を現したとのこと。そして魚貝類も増えていました。(写真/(株)渋谷潜水工業)

欧州の海に潜り、漁業関係者を取材

オークニー諸島ではダイビングで水中を観察。 (写真/(株)渋谷潜水工業)

オークニー諸島ではダイビングで水中を観察。 (写真/(株)渋谷潜水工業)

EMEC=The European Marine Energy Centre Ltd.
ヨーロッパ海洋エネルギーセンター

潮流、波力発電などの実証実験を行う民間の研究機関で2003年に設立。イギリス政府、スコットランド自治政府やEUなどが出資している。

ヨーロッパ海洋エネルギーセンターEMEC(イーメック)の存在を知ったのも欧州の展示会でした。海洋エネルギーには、風力、潮流、海流、海水温の温度差による発電方法などがあります。ちょうどEMECがオークニーで潮流発電の実証実験を行っていると聞き、展示会の帰りに飛んでいきました。スコットランドの北、大小70の島々からなるオークニー諸島は、潮流発電と波力発電の実証フィールドになっていました。今から17年も前に様々な潮流発電機や波力発電機の実証機が設置され、海洋エネルギーの導入を急ぐ各国から多くの見学者が訪れていました。潮流発電などの技術面はもちろん大切ですが、私が一番気になったのは、海の環境と漁業への影響です。ありがたいことに、オークニーの漁業組合を訪れると現役の漁師さんが集まってくれました。その中のホタテ漁をやっている親方の潜水漁に同行させてもらうことになり、海の中を自分の目で見ることができました。

自主規制による管理漁業で50年変わらぬ漁獲高

オークニー諸島は様々な海洋エネルギー施設の実証の海であると同時に、ホタテやロブスター、カニ漁も盛んな海です。潜ってみて特に印象的だったのは、オークニーでは日本の海のような磯焼けが見られなかったこと、そして漁業関係者が海を大切にしながら漁を行っていることでした。たとえばホタテは、国の規定で10cm以上のサイズなら採っていいのですが、ここの漁師さんたちは自主的に12cm以下のものは海に戻していました。もう少し大きくなるまで採らずに我慢するとホタテが卵を産むからとのことでした。また、ホタテの機械採りは水深40m以上という規制もしていました。親方は「潜水漁は、機械による漁よりたくさんは採れないが、100年、200年続く漁業にしたいからね」と言っていました。カ二やロブスター漁にも同行しましたが、こちらも漁が長く続くようにとサイズの小さいカニや卵を持ったロブスターは海に戻していました。徹底した資源保護の考え方で自主的に管理漁業を行っているおかげで「50年間、漁獲量は変わらない」のだそうです。

オークニー諸島のホタテ漁。機械を使わず潜水して手で採ることで乱獲を避けていました。(写真/(株)渋谷潜水工業)

オークニー諸島のホタテ漁。機械を使わず潜水して手で採ることで乱獲を避けていました。(写真/(株)渋谷潜水工業)

長崎県五島市で国内初の浮体式洋上風力発電始動!

国内初となった椛島のスパー式洋上風力発電機

欧州視察で私は、洋上風力発電は、環境や漁業と共生できると手応えを感じていました。しかし一方で、海藻が消失する磯焼けの海や、漁業が衰退傾向にある日本の海での洋上風力はどうしたらよいのか、との課題も出てきました。そこで浮かんだのが“日本で洋上風力の仕事をするなら漁業と協調したプロジェクトにしていきたい”という思いでした。そのような視点から改めて、全国の藻場調査を進めていました。そんな矢先の2012年、長崎県で二つのプロジェクトが動き出したのです。一つは潮流発電の実証フィールドづくり、そしてもう一つが、五島列島での浮体式洋上風力発電の実証実験。このプロジェクトは、私が欧州で見て、聞いて、体験したことを生かせる絶好のチャンスでした。紆余曲折はありましたが、当時の長崎県知事に海洋エネルギーの大切さをプレゼンする機会に恵まれ、知事に「長崎では、漁業と共生・協調した海洋エネルギーづくりをやりましょう」と賛同していただき、道が拓けたのです。そして私は「漁業協調・共生策モデルづくり」の担当アドバイザーをすることになりました。

日本初の浮体式洋上風力発電の適地として選ばれたのは、福江島沖の椛島(かばしま)でした。環境省が2010~2015年まで実証実験を行い、翌年から風車を崎山沖に移設して営業運転がスタート。現在も順調に電力を生み出しています。五島沖の洋上風車は全長172m。スパー式といわれ、図のように水深100mの海底に固定された3本のチェーンで提体を係留するスタイルです。風車の直径は80m、発電量は最大2MW(メガワット)、約1500世帯分の生活を支えられるほどの電力です。洋上風車の設置は2013年10月。もちろん私もその工事に携わりました。そして2年後、五島の海に期待通りの魚礁効果が表れたのです。

国内初となった椛島のスパー式洋上風力発電機

国内初となった椛島のスパー式洋上風力発電機

五島の海にヒジキが戻った!

実は五島の海は、かつて重度の磯焼けでした。しかし沖に立つ洋上風力の周囲に魚が集まるようになった頃から、私は沿岸部で漁業関係者の皆さんと共に、ヒジキの種苗を育てる活動を行いました。その結果、過去10年余り収穫できていなかったヒジキが元気に繁茂するようになったのです。地元の皆さんの積極的な活動もあって、五島は現在もヒジキの再生で大成功しています。次回からは五島で、実際に私がどのような活動を行ったかをお話したいと思います。

五島市の崎山でヒジキを収穫。

五島市の崎山でヒジキを収穫。

プロ潜水士・渋谷正信profile

SDI渋谷潜水グループ代表

(株)渋谷潜水工業代表取締役
一般社団法人「海洋エネルギー漁業共生センター」理事

1949年、北海道釧路市近郊、白糠町生まれ。
1974年、海洋開発技術学校深海潜水科に入学。
卒業後、プロ潜水士として40年以上、国内外で海洋工事に従事。
1980年、渋谷潜水工業設立。
プロ潜水士の傍ら、海と調和するエコデザインの先駆者として調査や講演、セミナーを多数こなし、「海藻の森づくり」プロジェクトを進行中。水中塾を主催し、地域の海再生を目的とした交流活動や野生イルカと調和するハートフルスイムを提唱。1991年に湾岸戦争でオイル漏れの起きたペルシャ湾を潜って水中を撮影し、これをきっかけにメディアに登場。1995年、阪神淡路大震災の被災地でボランディアや神戸港の復旧作業工事に携わる。東日本大震災でもガレキ撤去、環境調査、復旧工事で活躍。
●主な書著:海のいのちを守る(春秋社)、地域や漁業と共存する洋上風力発電づくり(KKロングセラーズ)他
●テレビ出演:毎日放送「情熱大陸」(2008年)、夢の扉(2009年)、NHKプロフェッショナル仕事の流儀(2021年)

(聞き手/西川重子)