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~スペシャル企画:海の環境を考える~
渋谷正信氏に聞く 脱炭素時代のダイバーの役割

第4回:日本の洋上風力発電~長崎県 その②

脱炭素時代のダイバーの役割

洋上風力発電のエコロジーデザインを提唱し、藻場再生プロジェクトの先駆者である渋谷正信氏に聞く環境シリーズ第4弾。舞台は長崎県です。洋上風力発電が五島列島の海にもたらしたものとは?

▼History

日本の洋上風力発電は漁業との協調が必須

今後、日本近海で主流になると言われる浮体式洋上風力発電は、長崎県五島市で始まった(写真/(株)渋谷潜水工業)

今後、日本近海で主流になると言われる浮体式洋上風力発電は、長崎県五島市で始まった(写真/(株)渋谷潜水工業)

日本の洋上風力発電には、漁業との協調が必須です。島国日本では、ほぼ全域で漁業が営まれています。しかし、ほとんどの海域で漁獲高は激減しているといいます。
急速に進む地球温暖化に加え、人間の暮しを最優先してしまった港湾・護岸工事などの影響もあり、沿岸部では現在も、海藻が減少、消滅する磯焼けが拡がっています。私が20数年にわたって調査してきた全国50カ所余りのどの海域でも、程度の差はあれ、磯焼けが見られました。そしてそれは年々、進行しています。
海藻は海中で二酸化炭素を吸収するだけでなく、魚たちの産卵場所であり、幼魚のエサ場や生育場であり、海の生態系を支える基礎生産の場です。その海藻が激減したことで、食物連鎖のバランスは崩れ、結果的に魚が捕れなくなっているのです。
漁獲高が減った上に、自分たちの漁場に洋上風力発電の風車が設置されるともっと魚が捕れなくなるのではないか、漁業関係者の皆さんなら、そう危惧されることでしょう。
一方、私は長年海洋構造物の魚礁化に取り組んできて、良い結果も見てきていました。その可能性を信じて、根気よく海域漁場の調査をし、洋上風車の設置海域はもちろん、その海域のデザインに工夫をすることで、海中環境はむしろ好転し、漁業にもいい影響が現れる、それを実証できたのが五島の海でした。

漁業関係者の皆さんの理解と協力が力になった

椛島(かばしま)沖で始まった国内初の洋上風力発電のプロジェクトで「漁業協調・共生策モデルづくり」の担当になり、徹底的に海を潜って調査しました。水深がある海域では、水中遠隔操作ロボット(ROV)を駆使しました(ROVについては今後の連載でご紹介します)。そして撮影した写真や動画を、漁業関係者の皆さんに見せ、まずは海の中の健康状態を知ってもらったのです。五島の漁業関係者の方々は、自分たちの海の中がどうなっているのかを知るにつれ、さらに本格的に調査をしよう、と活動に協力してくれたのです。海の調査には時間も人手も費用もかかります。改めて五島に調査には行けなかったので、他の用事で行った時に、個人的に調査を続けていたので、五島の皆さんの支えは本当にありがたかったです。その漁業者の手助けもあって風車の設置前と後の比較データをまとめることができました。

漁業関係者の皆さんによる漁獲調査の模様。(写真/(株)渋谷潜水工業)

漁業関係者の皆さんによる漁獲調査の模様。(写真/(株)渋谷潜水工業)

洋上風車周辺の海中に目を見張る変化!

五島の海で稼働している浮体式の洋上風車は、全長約172m、水中に没している提体部は水面から約80mあります。この水中提体部に約半年後には浅い部分にはアオサや海藻類がびっしり付着し、水深を増すごとにソフトコーラルも育っていました。藻類を拠り所に、アジやサバ、タカベなど小型の魚が季節ごとに観察できました。こうした小魚を捕食しに、シイラ、カンパチ、ヒラマサなどが集まってくることも分かりました。さらに浮体には、産卵時にしか群れることのない高級魚のマハタが群れで棲みつくようになりました。風車という小魚が住みやすい環境ができたことで、海中の生態系が豊かになったのです。

風車周辺ではマアジ、イサキ、マハタ、ヒラマサなどの魚類約30種類、アオサやホンダワラ類などの海藻類も観察できました。写真は小魚を追って現れたカンパチの群れ。(写真/(株)渋谷潜水工業)

風車周辺ではマアジ、イサキ、マハタ、ヒラマサなどの魚類約30種類、アオサやホンダワラ類などの海藻類も観察できました。写真は小魚を追って現れたカンパチの群れ。(写真/(株)渋谷潜水工業)

風車設置2年後には、腔腸類などの付着生物でチェーンが見えなくなるほどで、イセエビのすみ家になりました。(写真/(株)渋谷潜水工業)

風車設置2年後には、腔腸類などの付着生物でチェーンが見えなくなるほどで、イセエビのすみ家になりました。(写真/(株)渋谷潜水工業)

五島の海に日本初の海洋牧場をつくる

五島の洋上風力発電プロジェクトは、椛島沖での2年間の実証試験を終えた後に、現場を福江島の崎山沖に移し、2016年に最初の一基を設置し、実用化されています。今後、この海域にプラス8基の浮体式洋上風車が登場する予定です。

藻場に産卵にくるアオリイカ。(写真/(株)渋谷潜水工業)

藻場に産卵にくるアオリイカ。(写真/(株)渋谷潜水工業)

五島では、風車設置の2年後、漁業関係者の皆さんが漁獲調査をしました。調査は洋上風車の周辺、人工魚礁のある海域、何もない天然の漁場の3カ所で行われ、毎回、洋上風車周辺が最も漁獲が高いという結果が出ました。さらに連載③でお伝えしたように、崎山の沿岸ではヒジキを再生できるようにもなりました。そのヒジキにはアオリイカが産卵するようになり、アオリイカの産卵量は、従来の10倍以上に増えています。

これから、五島の洋上風力プロジェクトは次の構想に展開しつつあります。風車の水中部分が魚礁になっても、風車が稼働している間、漁船は近づけません。そこで、崎山沖の9基全ての洋上風車が設置された後、周辺に海中環境を壊すことなく、効率のいい漁場をつくる計画です。近い将来、五島には、日本初の洋上風力と共生した海洋牧場が登場することになると思います。

CO²ゼロで電力を生む洋上風車。福江島沖に全9基を設置した後、海に豊かな漁場・海洋牧場の計画が進んでいます。(写真/(株)渋谷潜水工業)

CO²ゼロで電力を生む洋上風車。福江島沖に全9基を設置した後、海に豊かな漁場・海洋牧場の計画が進んでいます。(写真/(株)渋谷潜水工業)

≫シリーズ過去記事はこちら
第1回:脱炭素時代のダイバーの役割
第2回:北海道の藻場再生/欧州の洋上風力発電事情
第3回:日本の洋上風力発電~長崎県 その①

プロ潜水士・渋谷正信profile

SDI渋谷潜水グループ代表

(株)渋谷潜水工業代表取締役
一般社団法人「海洋エネルギー漁業共生センター」理事

1949年、北海道釧路市近郊、白糠町生まれ。
1974年、海洋開発技術学校深海潜水科に入学。
卒業後、プロ潜水士として40年以上、国内外で海洋工事に従事。
1980年、渋谷潜水工業設立。
プロ潜水士の傍ら、海と調和するエコデザインの先駆者として調査や講演、セミナーを多数こなし、「海藻の森づくり」プロジェクトを進行中。水中塾を主催し、地域の海再生を目的とした交流活動や野生イルカと調和するハートフルスイムを提唱。1991年に湾岸戦争でオイル漏れの起きたペルシャ湾を潜って水中を撮影し、これをきっかけにメディアに登場。1995年、阪神淡路大震災の被災地でボランディアや神戸港の復旧作業工事に携わる。東日本大震災でもガレキ撤去、環境調査、復旧工事で活躍。
●主な書著:海のいのちを守る(春秋社)、地域や漁業と共存する洋上風力発電づくり(KKロングセラーズ)他
●テレビ出演:毎日放送「情熱大陸」(2008年)、夢の扉(2009年)、NHKプロフェッショナル仕事の流儀(2021年)

(聞き手/西川重子)