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感動の一瞬はこうして生まれた…… フォト派ダイバー必見!
水中写真家 作品探訪

ジャーナリスティックな視点から
アーティスティックな作風まで多様性たっぷり

中村卓哉 Takuya Nakamura

中村卓哉

イサキの群れの中で舞う
世界遺産・沖ノ島の海の中でフリーダイバー篠宮龍三氏とフォトセッションを敢行。目の前を覆い尽くすほどのイサキの群れと、まるで呼応するように優雅に舞う。水深は20mを超え、私の位置からはいつ水面から潜ってくるのか全く見えない状況だった。篠宮氏の超人的なパフォーマンスがあってこそ撮れたダイナミックな作品となった。
撮影地 福岡県・沖ノ島
撮影機材 カメラ Nikon Z6  レンズ AF-S Fisheye NIKKOR 8-15mm f/3.5-4.5E ED

バリカタといわれる正統な作風は
自然な海をそのまま写し込みたいという生真面目な性格から?

病弱だった少年が10歳の夏休みに
素潜りで撮った写真でクラスのヒーローに

マリンダイビングWeb編集部(以下、編)-中村卓哉さんは水中写真家・中村征夫さんの息子さんとして、海や水中写真には早くから縁があったかと思います。プロとしてやっていこうと決意された経緯、きっかけを教えてください。

中村卓哉さん(以下、中村)-父の影響で子供の頃から水中写真には馴染みがありました。ただ、幼少期は病弱で呼吸器が弱かったことから、身体を動かすことが苦手でした。転機となったのは、10歳の時に家族旅行で訪れた座間味島。そこで体験ダイビングを行なうことになり自信が持てたんです。吐いた呼吸が目で見えて、音になり、形になっている。とにかくそれがとても新鮮で感動しました。夏休みが明けて、素潜りで撮った水中写真を友達に自慢したんです。運動音痴で目立たなかった私が、クラスのヒーローになりました。今思えば、この時ぼんやりとでしたが、将来水中写真家になると決心していたのだと思います。
大学を卒業し3年間、父の助手を務めた後、27歳の時に沖縄へ移住し独立しました。この時から本格的に作品撮りを始めたんです。苦労はなかったというのは嘘になりますが、それ以上に、海のすぐ近くで好きなことに打ち込める日々がとても充実していて、夢中で毎日のように海に通い写真を撮りました。ライフワークとなった辺野古の海も、その時に出会いました。

辺野古の海を取り上げ、話題に

中村卓哉

スコールに架かる虹
やんばるの森の奥を沢登りしていると、突然激しいスコールに見舞われた。
雨の一滴が川となり、海に運ばれた森の栄養がやがてサンゴ礁を育んでいく。
川面を叩く激しい雨にカメラを取り出すのも躊躇したが、森の木漏れ日が水面を照らすと、そこに美しい虹が架かった。森から海をめぐる水の旅のスタートに相応しい印象的なイメージとなった。
撮影地 沖縄県・辺野古
撮影機材 カメラ Nikon D850 レンズ AF-S VR Micro-Nikkor 105mm f/2.8G IF-ED

-中村さんは2011年3月に写真集『わすれたくない海のこと』を出し、基地問題で話題になっている辺野古の海の豊かな多様性をいち早く人々に知らせました。

中村-『わすれたくない海のこと』に掲載した写真は全て岸から泳いで撮影しています。往復で800mの距離があるため、帰りのエアの消費を考えると撮影できるのは1ダイブで10〜15分ほど。ほとんどが移動で泳ぐ時間となります。それでも岸からエントリーすることにこだわったのは、この海の多様性を表現するには、浅瀬から沖合までの海の色の変化が重要だと考えたからです。
2021年に世界自然遺産に登録された北部の森“やんばる”。上流の透明な川の流れは、天然記念物のマングローブ林を抜けて、栄養をたっぷり含みます。そして潮が満ちると干潟に蓄えられた有機物を少しずつ海に受け渡します。緑色に色づいた浅瀬の海は、サンゴ帯に届くころには徐々に青く変化していきます。この水のグラデーションは紛れもなく栄養の循環を表す「命の色」なのだと、辺野古へ潜り、初めて気がつきました。

親善大使となったPNGは、中村さんの撮影スタイルに合った海

中村卓哉

ハナビラクマノミとブラックフィンバラクーダ
パプアニューギニアの中でも秘境と呼ばれるキンベ湾で撮影したお気に入りの一枚。
ハナビラクマノミの住処となっている色鮮やかなセンジュイソギンチャクは、見晴らしの良い根の上の一等地にぽつりと佇む最高のロケーション。群れの動きの先に見つけたハナビラクマノミの横で息を堪えながらイメージの瞬間が訪れるまでじっと待って撮影した。
撮影地 パプアニューギニア・キンベ
撮影機材 カメラ Nikon D850  レンズ AF-S Fisheye NIKKOR 8-15mm f/3.5-4.5E ED

-コロナ禍前はパプアニューギニア(PNG)の親善大使にも任命され、写真集を出版されるなど、かの地との縁も深かったと思います。中村さんにとってPNGはどんな海ですか? コロナ禍が収まった後にまた潜りたい海はどこのエリアですか?

中村-PNGは、一言でいえば創世記の海にタイムスリップしたような場所です。写真集では、7つのダイブエリアを取り上げていますが、とても広大で降り立つ空港が全て異なります。そのため当初の予定よりも時間がかかりました。
足の踏み場もないほどの広大な珊瑚礁、目の前が見えなくなるほどのコーラルフィッシュ、ハンマーヘッドシャークやマンボウ、シャチなども出現する何でもありの海。それがPNGです。
過去に素晴らしい出会いは山ほどありましたが、どのシーンも一期一会です。狙っても撮れないので、いつもダイビングは全集中でチャンスを逃さないように潜ります。もともと、潜る前は狙いを決めず、自然の状態に都度合わせていくのが私の撮影スタイルです。このスタイルががっちりとハマるのがPNGの海なので、コロナ禍が収まったら真っ先に潜りに行きたい海のひとつです。特にトゥフィ、アロタウ、キンべの3カ所では、過去に気に入った作品を数多く残すことができています。それとラバウルは撮り残したものがあるので、すぐにでも行きたいですね。

国内でも活動。田後のヒメタツの産卵行動には鳥肌が

-中村さんは日本国内の海でも日本海や九州といったところでよく潜られ、水中写真塾等のセミナーも多く開かれていますね。

中村-ライフワークの辺野古以外で、毎年フォトセミナーを行なっているのが、宮城県・女川、鳥取県・田後、福岡県の糸島などです。去年は、愛媛県・愛南や静岡県・伊東などでもセミナーを開催させていただきました。
今年は近場ですと、葉山や伊豆大島などでも開催したいと思っています。
年間通しての活動となりますと、2020年から福岡県の糸島にある福岡ダイビングパークで「福岡水中写真塾」という企画を開催しています。今年で3期目となり、5月のスタートに向けて10名の塾生を募集しました。福岡水中写真塾では、写真展を目標に塾生たちと年間通して一緒に潜りながらテーマ性のある作品を作り上げていきます。

-撮影を重ねていくうちにはまった被写体、何度も通いたくなった生態シーンがあれば教えてください。

中村-鳥取の田後で撮影したヒメタツの産卵行動の写真は特に思い入れがあります。それまでは、どちらかというと海に潜った感覚を五感で感じられるような作品を追い求めていました。
初めてヒメタツが命を繋ごうとするドラマを目の当たりにし、撮影しながら鳥肌が立ちました。雌が雄に卵を受け渡す瞬間、ハートマークと呼ばれるシーンです。実はこのハートマークの瞬間を撮影するのは、ハッチアウトのシーンを狙うよりも難しいのです。
雌の卵管を雄の育児嚢に差し込み卵を受け渡す時間はわずか10〜15秒余り。そのわずかな瞬間と遭遇するために、ずっと海の中で待機していなければ撮れません。しかも、毎晩ハッチアウトのシーンも狙うので、睡眠時間はわずか1〜2時間。これを連日繰り返してようやく遭遇できる貴重なシーンです。
私が撮影で訪れる前から、現地ガイドさんはデータを取るために、さらに寝不足の日々を繰り返し頑張ってくれたと思うと、本当に感謝しかありません。

ワイド・マクロにこだわらず心動かされた被写体を撮りたい

-かつてお伺いしたときにマクロよりワイドが好きとおっしゃっていましたが、今はいかがですか?

中村-マクロレンズの画角の中にも宇宙のような広がりは表現できますし、広大なワイドの画角の中にも小さな命の輝きは存在します。最近は、マクロとかワイドとか、なるべくレンズ画角で好みを分けずに、自分の目に映る自然をしっかりと吟味しながら使う機材を選ぶようにしています。そのため、撮影機材は機動性が損なわれないギリギリまで海に持ち込みます。当然、海の中ではレンズは変えられませんし、持てる機材の量も限られます。最低でもワイドレンズとマクロレンズを付けたハウジングを2台持って潜ります。そんな中で、光なのか色なのか質感なのか、どのような美しさに心動かされたのか、その魅力が最大限引き出せる機材を選択するように心がけています。

-今後の目標、写真展、写真集、その他撮影活動の予定があれば教えてください。

中村-大きな個展としては、2018年に行なったニコン THE GALLERYで開催した「海と森がつなぐいのち ―辺野古―」が最後となってしまいました。その後、コロナ禍でも国内を中心にいくつかのテーマを並行して作品を撮りため、まとめ作業を行なっています。当然、次回の写真集や写真展も考えておりますので、早く皆様にお届けできるように頑張ります。
また、まだ詳細は明かせませんが、今年から来年にかけては、動画撮影のほうで大きなお仕事の準備も始まります。
元々、地に足をつけ、焦らずにじっくり時間をかけながら創作を行なうタイプではありますので、皆様のご期待に応えられるように、今後も自分らしく撮影活動を続けて参ります。応援のほどよろしくお願いします。

-ありがとうございました。マリンダイビングフェアでも4月2日(土)に2度もトークショーを開催していただく予定です。こちらも楽しみにしております。

中村卓哉
Takuya Nakamura

PROFILE
なかむら たくや
水中写真家
10歳の時に沖縄のケラマ諸島でダイビングと出会い海中世界の虜となる。
ライフワークの辺野古の海へは20年通い続けている。
海の環境問題や命のドラマをテーマに、新聞や雑誌に多数の連載をもち、講演活動なども精力的におこなっている。
テレビ、ラジオ、イベントへの出演、カメラメーカーのアドバイザーなど活動は多岐にわたる。

パプアニューギニアダイビングアンバサダー
公益社団法人 日本写真家協会 会員
第2回日本写真絵本大賞 優秀賞

中村卓哉

◆主な著書
『わすれたくない海のこと 辺野古・大浦湾の山 川 海』(偕成社)
『海の辞典』(雷鳥社)
『パプアニューギニア 海の起源をめぐる旅』(雷鳥社)
『辺野古—海と森がつなぐ命』(クレヴィス) 

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