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【連載コラム】もっと知りたいダイビング医学
第1回 
ダイバー健康診断
~潜水を安全に楽しむために~

もっと知りたいダイビング医学

ダイビングを安全に楽しむために、ぜひとも知っておきたい医学的知識を、東京医科歯科大学高気圧治療部の小島泰史先生に解説していただきます。ダイビング前にしっかりと確認し、より安全にダイビングを楽しみましょう。

文責/小島泰史(東京医科歯科大学高気圧治療部、東京海上日動メディカルサービス)

ダイバーのメディカルチェックはなぜ必要なのか
疾病の発症を予防することの重要性

レジャーダイビング前に、質問票(病歴書)1)2)への記入及び「はい」の回答があれば医師診断書を求められることが多いと思います。ダイビング以外のレジャー活動でこのような手順を踏むことは少ないですが、ダイビングでは、なぜ厳しく健康状態を問われるのでしょうか。

ダイビングでメディカルチェック(健康診断)が必要となる大きな理由は、水中で疾病発症(例:心筋梗塞、脳卒中、糖尿病での低血糖発作、てんかん発作、喘息発作)の場合に、陸上での発症より対処が難しく、危険性が高くなることにあります。つまり、陸上でのスポーツ活動と比較して、疾病を「予防」する重要性がより高いというわけです。また、自然気胸の既往など潜水適性のない疾病もあるため、潜水開始前のメディカルチェックにより適性のない旨を指摘することも、潜水事故を未然に防ぐために重要です。

潜水死亡事故の頻度ですが、DAN Japan会員10,000人あたり1年間に0.69人が亡くなっています3)。仮に各会員が平均して年間50本潜っているとすると、100万ダイブで1.4人ほどが亡くなっている計算になります。北米からの報告では、100万ダイブで1.8人死亡しています4)。死亡事故は40代以降で増加し、死亡原因は、50歳以上の死亡事故の1/3は心疾患が原因とされます5)

以上より、ダイバーのメディカルチェックの重要性が理解できるのではと思います。

日本における
ダイバー健康診断の現状

●職業ダイバー健康診断

職業ダイバーは、6ヶ月毎に医師による健康診断が必要です(高気圧作業安全衛生規則による)。検査項目は、既往や自覚症状、他覚所見、四肢の運動機能、鼓膜、聴力、血圧、肺活量、尿糖・タンパク、肺活量です。医師の指示で追加するものとして作業条件調査、肺換気機能、心電図、関節レントゲンがあります。上で述べたように、潜水死亡事故の原因の多くを心疾患が占めていますが、運動負荷試験は検査項目に含まれていません(表1)。一方で海外を見ると、イギリスの職業ダイバーの基準を示すMA1では、運動負荷試験が検査項目に含まれています6)

表1 高気圧作業安全衛生規則

第四章 健康診断及び病者の就業禁止
(健康診断)第三十八条
 事業者は、高圧室内業務又は潜水業務(以下「高気圧業務」という。)に常時従事する労働者に対し、その雇入れの際、当該業務への配置替えの際及び当該業務についた後六月以内ごとに一回、定期に、次の項目について、医師による健康診断を行なわなければならない。
一  既往歴及び高気圧業務歴の調査
二  関節、腰若しくは下肢の痛み、耳鳴り等の自覚症状又は他覚症状の有無の検査
三  四肢の運動機能の検査
四  鼓膜及び聴力の検査
五  血圧の測定並びに尿中の糖及び蛋白の有無の検査
六  肺活量の測定
2  事業者は、前項の健康診断の結果、医師が必要と認めた者については、次の項目について、医師による健康診断を追加して行なわなければならない。
一  作業条件調査
二  肺換気機能検査
三  心電図検査
四  関節部のエックス線直接撮影による検査

●レジャーダイバー健康診断

レジャーダイビングにダイバー健康診断は必須、との公的な規則はなく、先に記した質問票(病歴書)記入も健康診断とは異なります。海外でも定期的な健康診断のスタンダード(雛形)は定まっておらず、今年(2020年6月)のUHMS(米国の高気圧医学・潜水医学の学会)学術集会のプレコースで議論される予定でした(残念ながら新型コロナ感染症の影響で開催中止になりました)。

レジャーダイビングにおける
ダイバー健康診断における議論点
より適切な健康診断には何が求められるのか

さて日本では、それに先立つ2016年の日本高気圧環境・潜水医学会学術集会で、レジャーダイビングを対象とした「ダイバーの健康診断」シンポジウムが開催されています。議論の内容は学会誌にまとめられているので、興味のある方は目を通してください7)。ここでは要点を紹介します。

  • 年齢に関わらず、潜水を開始する際には医師による健康診断が望ましい。
  • 心血管系疾患のリスクが上がってくる45歳以上の男性、55歳以上の女性については、定期的な健康診断が望ましい。
  • ダイバー健康診断雛形を作成した(表2)。

日本では、労働安全衛生法により事業者が従業員に年に1回受けさせる「一般健康診断」が普及しています。この健診目的の1つに心臓疾患の予防もあります。先に述べたように、潜水死亡事故の原因として心臓疾患が多いことも鑑み、シンポジウムでは「一般健康診断」を基本に、項目をプラスしてダイバー健康診断雛形を作成しました。

雛形作成にあたって議論となったのが、「運動負荷試験」を雛形に含めるか否かという点です。本来的には含めたい、しかし、循環器疾患が無い方にとって運動負荷試験はアクセスが容易でない、との問題があります。

運動負荷試験には、マスクを装着し、運動しながら呼気中の二酸化炭素を測り、無酸素運動から有酸素運動へ移行するポイントを見る(イラスト1)、といったかなり本格的なものから、もう少し簡便なものとして、「マスター」と「トレッドミル」(イラスト2)があります。

(イラスト1)

(イラスト1)

(イラスト2)

(イラスト2)

マスターは大掛かりな機械を要せず比較的簡便ですが、運動負荷が少ないので、最大運動耐容能を評価できない問題点があります。トレッドミルも、循環器疾患がない人が受けるには敷居は高いです。そのため、シンポジストの山崎医師提案の「踏み台昇降テスト」を、基本的な項目として採用しました8)

この健康診断雛形で本当に十分ないしは過剰かどうかは、実際に症例を積み重ねないとわかりません。また、これは基本雛形なので、呼吸器の疾患があれば胸部CT検査、循環器疾患があれば運動負荷試験を勧めるなど、問診結果なども踏まえながら、医師の判断で臨機応変に対応することが望まれます。また、運動負荷試験については、将来的に、各種スポーツ団体や医学会の努力によりダイバーのアクセスが容易となった場合、雛形に含めることも考えられます。

表2 レジャーダイバーのための健康診断基本コース(小島らの表7)を一部改変)

一般健康診断(主要なものを抜粋)
身長・体重(BMI)
血圧
心電図
胸部レントゲン
血液検査
尿検査(糖、蛋白)
聴力検査
レジャーダイバーに求められる基本的な項目
詳細な問診(DAN質問票2))
呼吸機能検査(1秒率70%、%肺活量80%未満で精査)
ABI(足関節上腕血圧比)(0.9以下で精査)
踏み台昇降テスト(脈拍:138-年齢/2を超える、心電図:虚血性変化で精査)
鼓膜検査
神経学的評価(筋力・知覚、協調運動、バランス検査)

註:踏み台昇降テスト
シンポジストの山崎医師の提案ですが、高さ20cmほどの踏み台をゆっくり上り下りして潜水の運動適性を測定する方法です8)

レジャーダイバーのメディカルチェックにおける
インストラクターの重要な役割とは

レジャーダイバーのメディカルチェックにおけるインストラクターが担う重要な役割は、「ゲストに気づきを提供すること」、と筆者は考えています。

例えば、会社の健康診断でコレステロール値が高いと指摘されても、自覚症状がないので放置している人は、ダイバーに限らず少なくないと思われます。
「放置は心疾患のリスクを高めるので、陸上でも危険です。しかし、水中だとより危険なので医師と相談しましょう」、とゲストに自分の体のことを気づいてもらう良い機会となります。

リスクを知るためのツールもあります。国立がん研究センターの「循環器疾患リスクチェック」では、今後10年の間に脳卒中・脳梗塞・心筋梗塞になる危険度、血管年齢を調べることが可能です9)。国立循環器病研究センターの 「吹田スコア」では、自分の体の情報から10年間の冠動脈疾患発症確率が計算できます10)

インストラクターの皆様は上記ツールなども活用し、各指導団体で作成している質問票を、潜水希望者の「気づき」のツールとして見ていただき、ダイバー健康診断を受けてもらうことにつなげる、また持病がある方には主治医との相談を促してもらえればと考えています。

参考文献

小島泰史先生プロフィール

小島 泰史 (コジマ ヤスシ)

小島 泰史
(コジマ ヤスシ)

1997年にダイビングを始め、その後東京医科歯科大高気圧治療部で潜水医学を学び、専門医を取得。現在は同大学の高気圧治療部非常勤講師として、潜水障害患者の診療を行っている。専門である整形外科の知識を活かし、損害保険会社の顧問医として、医療事故などに関する医療コンサルを行っており、リスクに関する造詣も深い。元DAN Japan Medical Officer。現在、日本高気圧環境・潜水医学会において理事、広報委員会委員長、国際情報委員会委員長を務めている。UHMS、SPUMS、日本渡航医学会他、多数の学会に所属。
日本整形外科学会認定整形外科専門医。日本手外科学会認定手外科専門医。日本医師会認定産業医。日本高気圧環境・潜水医学会認定高気圧医学専門医。