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連載
ダイビング博士 山崎先生のダイビングを科学する!
第4回「気体の浮力」

ダイビング博士 山崎先生のダイビングを科学する!

ダイビング初心者の中には、なかなか上手にならない、と悩む方も多いですよね。一方で熟練インストラクターでも、自分ではできるけど人に理由をうまく説明できない、といった話も… この連載「ダイビング博士 山崎先生のダイビングを科学する!」ではダイビングの悩みや疑問を科学的にわかりやすく解説します。第4回のテーマはずばり「気体の浮力」。科学的にダイビングを理解することで、スキルアップを目指しましょう!

※2024年12月の情報です

こんにちは!目指すは「ダイビング博士」の山崎詩郎です。普段は東京科学大学(旧東京工業大学)理学院物理学系の助教として物理学の研究と教育を行っています。そのかたわらで、科学を誰にでもわかりやすく伝える科学コミュニケーターとして、TV出演や映画の科学監修を多数務めています。

厄介な気体の浮力

厄介な気体の浮力

現在、絶賛ダイブマスター講習中…!11月にはパパラギダイビングスクールのインストラクターで、最近はそのYouTubeにもバリバリ出演している宮本祐輔さんにお世話になり、ダイブマスター講習の一つであるサーチ&リカバリーを無事に終えてきたばっかりです。その講習では、写真のようなリフトバッグというものが登場します。下に穴の開いた袋にオクトパスで空気を入れ、その下にひもでぶら下がっているウエイトを持ち上げます。まるで水中の気球のようです。このリフトバッグを水底から水面までゆっくり浮上させるのがサーチ&リカバリーの最終ミッションなのですが、それが意外と難しいんです。なぜかというと、そう、ぜんぶ今回のテーマである「気体の浮力」のせいです…

厄介な気体の浮力

第2回第3回でも「浮力」について説明してきました。今回はその続きになりますので、まだご覧になっていない方はぜひご一読ください。前回までは、わかりやすくするために水圧で縮まない固体や液体の「浮力」だけを考えてきました。第2回で説明したように、浮力は物体の体積だけで決まります。固体や液体は水深が深くなっても縮むことはないので、水深によって「浮力」も変わりません。とても簡単です。では、気体の場合はどうでしょうか? 気体に水圧がかかるとどうなるのでしょうか?そのときの気体の体積は? そして浮力は? 実際のダイビングでは、人間の肺や、スーツの気泡、そしてBCDのバッグのように、いろいろなところに気体が登場します。この「気体の浮力」こそが多くのダイバーが中性浮力に悩んでいるほぼ唯一の原因なんです。今回は、そんな厄介者の「気体の浮力」についてまずは入門編としてできるだけ簡単に考えていきましょう。

気体は水圧で縮む

気体は水圧で縮む

いきなり厄介な「気体の浮力」を考える前に、まずは気体とはどういうものか少しちゃんと考えてみましょう。ここで飲み終わって空っぽになった1リットルのペットボトルを想像してみてください。ペットボトルのフタはしっかり閉まっています。その中身は完全に空っぽなわけではなく、目に見えないあるものが入っています。そう、空気です。ちゃんと空気が1リットル入っており、その気圧は1気圧です。なお、ペットボトルはミネラルウォーターが入っているような柔らかく変形しやすいものとしましょう。

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では、その1気圧で1リットルの空気の入ったペットボトルを、水深10mに強引に押し沈めたら、ペットボトルの形はどうなるでしょうか? 第1回で説明したように、水深10mでの水圧は2倍の2気圧になります。すると、水圧に押されてペットボトルが縮んでしまいます。では、どれくらい縮むのでしょうか?
気体には、圧力が2倍になると、体積が1/2になる。圧力が3倍になると、体積は1/3になる、という性質があります。もう少し一般化すると、圧力がn倍になると、体積は1/nになる、つまり反比例します。ボイルの法則という名前がついていますが、重要なのは法則の名前を覚えることではなく、直感的に理解することです。押せば縮む、もっと押せばもっと縮む、ただそれだけです。

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水深10mに沈めた1リットルのペットボトルは2倍の2気圧の水圧を受けているので、この法則を信じると、体積は半分の0.5リットルになります。水深10mでもペットボトルはけっこうへこんでしまうのです。では、同じように、水深20m、30m、40mと沈めていくとペットボトルのサイズはどうなるでしょうか? このとき水圧は3気圧、4気圧、5気圧と大きくなりますので、ペットボトルの体積はそれぞれ1/3の0.33リットル、1/4の0.25リットル、1/5の0.2リットルになります。ファンダイビングの深度限界である40mでは、ペットボトルは1/5にベッコベコにへこんで、まるで使い切った歯磨き粉のチューブのようになってしまいます。こんな水深でも人間が平気なのは、ずばり人間が気体ではなく、液体と固体でできているからです。ペットボトルを水中に沈める実験は、目に見えない水圧のデモンストレーションとして最適ですので、実際にディープダイビングの講習などで実施しているインストラクターの方もおります。ともかくこれで、気体の体積が水深によってどのように変わるかわかりました。

「気体の浮力」は水深が深いほど小さく

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では、このとき「気体の浮力」はどうなるでしょうか? 第2回で説明したように、浮力は体積で決まるということを思い出してみましょう。水深10mに沈めたペットボトルの体積は0.5リットルでした。その浮力の大きさは0.5リットルの水の重さと同じ0.5kg分になります。では、同じように、水深20m、30m、40mと沈めていくとペットボトルの「気体の浮力」はどうなるでしょうか?このときペットボトルの体積は3分の1の0.33リットル、4分の1の0.25リットル、5分の1の0.2リットルになります。そのとき「気体の浮力」の大きさは、水の重さと同じ0.33kg分、0.25kg分、0.2kg分になります。このように、「気体の浮力」は水深が深いほど小さくなってしまうのです。さらに注意深く見ると、水深が浅いところでは、少しの水深の変化で「気体の浮力」が大きく変化し、水深が深いところでは、多少の水深の変化でも「気体の浮力」はあまり変化しないことがわかります。

「気体の“浮力”」

「気体の“浮力”」

では最後に、「気体の“浮力”」はどうなるでしょうか? 第3回に説明したように、上向きに働く本来の「浮力」から重さによる下向きの力を引き算したものを、ダイバーは改めて“浮力”と呼びなおしています。重りをつけるとどうなるのか考えるために、先ほど使った1リットルのペットボトルに、ここでは0.33kgのウエイトを取り付けてみましょう。なお、ウエイトは水よりも大体20倍重たい鉛でできているので、その分の浮力は考えなくても大丈夫です。

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水深10mに沈めたペットボトルに働く浮力は上向きに0.5kg分でした。ここにウエイトの重さによる下向きの力が0.33kg分かかります。お互いに引き算すると、0.5kg - 0.33kg = 0.17kgとなりプラスになるので、結局上向きに0.17kg分の“浮力”が働くことがわかります。つまりこのペットボトルは浮いていきます。これがダイバーの言うプラス浮力ということです。

では、水深20mに沈めるとどうなるでしょうか?全く同じように考えれば大丈夫です。水深20mに沈めたペットボトルに働く浮力は上向きに0.33kg分でした。ここにウエイトの重さによる下向きの力が0.33kg分かかります。お互いに引き算すると、0.33kg - 0.33kg = 0kgとなりゼロになるので、結局上向きにも下向きにも力は働かないことがわかります。つまりこのペットボトルは浮きも沈みもしません。これこそがダイバーの言う中性浮力ということです…!

では、水深30mに沈めるとどうなるでしょうか? 全く同じように考えれば大丈夫です。水深30mに沈めたペットボトルに働く浮力は上向きに0.25kg分でした。ここにウエイトの重さによる下向きの力が0.33kg分かかります。お互いに引き算すると、0.25kg - 0.33kg = -0.08kgとなりマイナスになるので、結局下向きに0.08kg分の“浮力”が働くことがわかります。つまりこのペットボトルは沈んでいきます。これがダイバーの言うマイナス浮力ということです。

中性浮力は不可能…!

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ここで重要なことに気が付きます。気体の入ったペットボトルにウエイトをつけたものの「気体の“浮力”」は、20mより浅いところでは浮いていき、20mより深いところでは沈んでいき、そして中性浮力になるのは水深20mピッタリのたった一つしかないことがわかります。そこからほんの1mmでも浮いてしまえば、浮けば浮くほどプカプカと加速度的に浮いていってしまい、水面まで浮いていってしまいます。逆に、そこからほんの1mmでも沈んでしまえば、沈めば沈むほどズンズンと加速度的に沈んでしまい、水底に墜落してしまいます。

この中性浮力の状況は、空き缶を横に倒して、その丸まった側面の真上からビー玉をそっと置いたときと似ています。ビー玉はほんの少しでも右に転がると、どんどん右に転がって、地面に落ちてしまいます。逆に、ほんの少しでも左に転がると、どんどん左に転がって、地面に落ちてしまいます。ビー玉を完璧なバランスで真上に乗せてキープすることなんて不可能です。前々回に引き続き再び爆弾発言で締めくくって申し訳ございません。ずばり、中性浮力は不可能なんです…!

まとめ

まとめ

第4回となる今回は、本来の「気体の浮力」は水深が深いほど小さくなること、重りを含めたダイバーの言う「気体の“浮力”」を考えると、中性浮力になる水深はたった一つしかなく、中性浮力は不可能という爆弾発言で締めくくりました。え?どういうこと?じゃあ、どうすればいいの?と思った皆さま、次回をお楽しみに…と言いたいところですが、中性浮力をとる方法を焦って考える前に、第5回となる次回はまず今回のテーマであった「気体の“浮力”」を数学の力を借りてもう少しだけ詳しく解析してみましょう。いよいよ世界初(?)の中性浮力方程式の登場です。

この連載では、ダイビングの科学に関する素朴な疑問を大募集しています。初心者の方からインストラクターの方まで、ぜひ質問を編集部までお寄せください。皆様の質問が記事に採用されるかもしれません。
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物理学者
山崎 詩郎 (YAMAZAKI, Shiro)


東京大学大学院理学系研究科物理学専攻にて博士(理学)を取得後、日本物理学会若手奨励賞を受賞、東京工業大学理学院物理学系助教に至る。科学コミュニケーターとしてTVや映画の監修や出演多数、特に講談社ブルーバックス『独楽の科学』を著した「コマ博士」として知られている。SF映画『インターステラー』の解説会を100回実施し、SF映画『TENET テネット』の字幕科学監修や公式映画パンフの執筆、『クリストファー・ノーランの映画術』(玄光社)の監修、『オッペンハイマー』(早川書房)の監訳を務める「SF博士」でもある。2022年秋に始めたダイビングに完全にハマり、インストラクターを目指して現在ダイブマスター講習中。
次の目標は「ダイビング博士」または「潜る物理学者」。

山崎 詩郎 (YAMAZAKI, Shiro)