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連載
ダイビング博士 山崎先生のダイビングを科学する!
第5回「力を計算してみよう」

ダイビング博士 山崎先生のダイビングを科学する!

ダイビング初心者の中には、なかなか上手にならない、と悩む方も多いですよね。一方で熟練インストラクターでも、自分ではできるけど人に理由をうまく説明できない、といった話も…
この連載「ダイビング博士 山崎先生のダイビングを科学する!」ではダイビングの悩みや疑問を科学的にわかりやすく解説します。第5回のテーマはずばり「力を計算してみよう」。科学的にダイビングを理解することで、スキルアップを目指しましょう!

※2025年1月の情報です

こんにちは!目指すは「ダイビング博士」の山崎詩郎です。普段は東京科学大学(旧東京工業大学)理学院物理学系の助教として物理学の研究と教育を行っています。そのかたわらで、科学を誰にでもわかりやすく伝える科学コミュニケーターとして、TV出演や映画の科学監修を多数務めています。

ダイビングには意外と数式が登場する…?

ダイビングには意外と数式が登場する…?

12月に潜水士の試験を受けてきました…!潜水士はダイビングのインストラクターやガイドが実際に働くときに必要になる国家資格です。私は、(今のところは…)ダイビング業界への転職を考えているわけではありません。では、なぜ潜水士の試験を受けたのでしょうか…?ひとつは、これまでのオープンウォーター、アドバンス、レスキュー、そしてダイブマスターの学科講習をしっかり学んできたおかげか、潜水士の問題を見たときに合格できそうと感じ、国家資格という形で残しておきたいと思ったからです。そしてもうひとつは、潜水士の問題を見たときに意外と物理の問題や数式を用いた計算問題が多く、自分の本職や得意分野を活かせるならと思ったからです。実は、ダイビング中に起こる多くのことは物理や数式で説明できるんです。一方で、インストラクターの方々とお話しすると「この物理や計算問題の部分はもう二度とやりたくない」とお答えになる方も多いです(笑)そんなときこそ頼られる「ダイビング博士」でありたいと願っています…

ダイビングには意外と数式が登場する…?

この連載の第2回では「浮力」、第3回では「ダイバーの言う“浮力”」について説明してきました。今回はその数式版になりますので、まだご覧になっていない方はぜひご一読ください。前回までは、わかりやすくするために文章と図のみを用いて直感的に「浮力」を説明してきました。今回はほんの少しだけ物理や数式の力を借りて、より正確により深く理解することを目指してみましょう。これまでに比べると少し難しいと感じる人もいるかもしれませんが、別に数式がわからなくても全然大丈夫です。数式を使っても、結局はダイバーの皆さんが経験的にすでに知っていることと同じ結論が得られるだけなんです。ただ、数式を使うメリットとして、数字やグラフで結論がより正確にわかることがあります。また、直感的にはわからない意外な発見につながる場合も多いです。

浮力の登場人物と舞台はなに?

浮力の登場人物と舞台はなに?

国語の問題でも物理の問題でも、まず最初にやることは登場人物を把握することです。浮力の問題を考えるときに登場するのは3つ、「気体」と「人間」と「ウエイト」です。「気体」は主にBCDのバッグの中身と考えてください。「気体」は水の1000倍ぐらい軽いので、浮力だけを考えて、重さは考えなくて大丈夫です。一方で、「ウエイト」は水の20倍ぐらい重たいので、重さだけを考えて、浮力は考えなくて大丈夫です。ところが、「人間」はだいたい水と同じ重さなので、浮力も重さも両方考えなければなりません。

登場人物を全員挙げたら、舞台のことも忘れてはなりません。ダイビングの舞台はもちろん「水」です。ただ、もう一つ忘れてはならないのがあります。それは「地球」です。地球の重力があるから浮力も生まれるのです。さて、これで3つの登場人物「気体」「人間」「ウエイト」と、2つの舞台「水」「地球」が全てそろいました。逆に言うと、これ以外は全く考える必要がないんです。

登場人物と舞台を数式にすると?

登場人物と舞台を数式にすると?

では、登場人物の特徴を数式で表してみましょう。浮力の問題で重要なのは体積と質量だけです。まずは体積について考えてみましょう。体積を持っているのは「気体」と「人間」だけですので、その合計の体積を以下のようにアルファベットのVで表してみましょう。体積を表す英語Volumeの頭文字です。

「全体の体積」=「V」

次に質量について考えてみましょう。質量を持っているのは「人間」と「ウエイト」だけですので、その合計の質量を以下のようにアルファベットのmで表してみましょう。質量を意味する英語massの頭文字です。

「全体の質量」=「m」

では、つづいて舞台の特徴を数式で表してみましょう。浮力の問題で重要なのは、「水」についてはその密度、「地球」についてはその重力の大きさだけです。まず、水の密度を以下のようにギリシア文字のρ(ローと発音)で表してみましょう。ρを使うのは風習で深い意味はありません。

「水の密度」=「ρ」

次に、地球の重力の強さを以下のようにアルファベットのgで表してみましょう。重力を意味する英語gravityの頭文字です。よく、このジェットコースターはGが強い、などと日常会話でも言いますよね。

「地球の重力の強さ」=「g」

以上で、3つの登場人物と2つの舞台の特徴を、たった4文字の数式Vとmとρとgで表すことができました。ここからは、Vとmとρとgだけを使って全てを計算します。

「重さ」を計算してみよう

「重さ」を計算してみよう

では最初に、重力で下に引っ張られる力である「重さ」を計算してみましょう。「重さ」は、「全体の質量」=「m」が重ければ重いほど大きくなります。当たり前ですが、1kgのウエイト玉よりも2kgのウエイト玉のほうが持ち上げるのが大変ですよね。それを数式で表現しただけです。また、「重さ」は、「地球の重力の強さ」=「g」が強ければ強いほど大きくなります。普段はまったく気にしませんが、同じ1kgのウエイト玉でも地球ではズッシリ重たく感じても、重力が小さい月に行くと指一本で持ち上げられます。まとめると、「全体の質量」が重くても、「地球の重力の強さ」が強くても、どちらでも「重さ」は大きくなるので、この2つを掛け算するだけで大丈夫です。なので、答えは「重さ」=「mg」になります。この力は下向きであることにも注意しておきましょう。

「浮力」を計算してみよう

「浮力」を計算してみよう

では次に、水圧で上に持ち上げる力である「浮力」を計算してみましょう。ここで言う「浮力」とは第2回で説明した本当の「浮力」であって、「浮力」から「重さ」を引き算した第3回で説明した「ダイバーの言う“浮力”」ではないことに注意しておきましょう。第2回で学んだように、「浮力」は体積だけで決まります。「全体の体積」=「V」が大きければ大きいほど「浮力」は大きくなります。この「全体の体積」=「V」に、「水の密度」=「ρ」を掛け算したものが、押しのけた水の質量になります。この質量に「地球の重力の強さ」=「g」を掛け算したものが「浮力」になります。なので、答えは「浮力」=「ρVg」になります。この力は上向きであることにも注意しておきましょう。

「浮力」を計算してみよう

なお、これまであえて秘密にしてきましたが、皆さんご存知のように淡水と海水では浮力が違い、淡水の浮力より海水の浮力のほうが大きいです。それはこの「水の密度」=「ρ」が海水のほうが少しだけ大きいからなんです。また、「浮力」には「地球の重力の強さ」=「g」も含まれています。ということは、もし「g」が違う月でダイビングしたら…きっと面白いことになりますが、それはまた別の機会に。

「ダイバーの言う“浮力”」を計算

「ダイバーの言う“浮力”」を計算

では最後に、これまで計算した「浮力」と「重さ」から「ダイバーの言う“浮力”」を計算してみましょう。「浮力」=「ρVg」は上向きの力なのに対し、「重さ」=「mg」は下向きの力です。すると、「ダイバーの言う“浮力”」は「浮力」=「ρVg」から「重さ」=「mg」を引き算すれば大丈夫です。なので、答えは「ダイバーの言う“浮力”」=「ρVg - mg」になります。この力は、上向きにも下向きにもなることに注意しておきましょう。「浮力」が大きければプラス、つまりプラス浮力で上向きに浮上し、「重さ」が大きければマイナス、つまりマイナス浮力で下向きに潜行します。

まとめ

まとめ

第5回となる今回は、「浮力」、「重さ」、そして「ダイバーの言う“浮力”」を数式で表現しました。少し難しかったと感じた人も心配いりません。計算はそんなもんだと雰囲気だけ感じていただければ大丈夫です。第6回となる次回は、これらが水深によってどのように変化するかを見てみましょう。数式で表現した真価が発揮されるのはこれからです。前回の爆弾発言であった「中性浮力は不可能」の真意がグラフで一目瞭然に分かります。

この連載では、ダイビングの科学に関する素朴な疑問を大募集しています。初心者の方からインストラクターの方まで、ぜひ質問を編集部までお寄せください。皆様の質問が記事に採用されるかもしれません。
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物理学者
山崎 詩郎 (YAMAZAKI, Shiro)


東京大学大学院理学系研究科物理学専攻にて博士(理学)を取得後、日本物理学会若手奨励賞を受賞、東京工業大学理学院物理学系助教に至る。科学コミュニケーターとしてTVや映画の監修や出演多数、特に講談社ブルーバックス『独楽の科学』を著した「コマ博士」として知られている。SF映画『インターステラー』の解説会を100回実施し、SF映画『TENET テネット』の字幕科学監修や公式映画パンフの執筆、『クリストファー・ノーランの映画術』(玄光社)の監修、『オッペンハイマー』(早川書房)の監訳を務める「SF博士」でもある。2022年秋に始めたダイビングに完全にハマり、インストラクターを目指して現在ダイブマスター講習中。
次の目標は「ダイビング博士」または「潜る物理学者」。

山崎 詩郎 (YAMAZAKI, Shiro)