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連載
ダイビング博士 山崎先生のダイビングを科学する!
第9回「“浮力”と水深の関係」

ダイビング博士 山崎先生のダイビングを科学する!

ダイビング初心者の中には、なかなか上手にならない、と悩む方も多いですよね。一方で熟練インストラクターでも、自分ではできるけど人に理由をうまく説明できない、といった話も…
この連載「ダイビング博士 山崎先生のダイビングを科学する!」ではダイビングの悩みや疑問を科学的にわかりやすく解説します。第9回のテーマはずばり「“浮力”と水深の関係」。科学的にダイビングを理解することで、スキルアップを目指しましょう!

※2025年5月の情報です

こんにちは! 目指すは「ダイビング博士」の山崎詩郎です。普段は東京科学大学(旧東京工業大学)理学院物理学系の助教として物理学の研究と教育を行っています。そのかたわらで、科学を誰にでもわかりやすく伝える科学コミュニケーターとして、TV出演や映画の科学監修を多数務めています。

山崎詩郎

突然ですが、大谷翔平選手の第1号ホームランが東京ドームの天井に当たったと大きな話題になっています。ネット上にはその証拠の解説動画が大量に出回り、お祭り騒ぎになっていました。そこで、日本テレビの「サンデーPUSHスポーツ」という番組から依頼があり、私のほうで物理学的に徹系検証することになりました。野球の弾の放物線軌道解析、カメラのブレの画像解析、そして東京ドーム中の3次元的な軌道の計算を行いました。その結果、まったく当たっていない、が正解でした。ただ、ここで強調したいのは、当たっていなかったことではありません。野球も科学の力を借りて解説することができるということです。野球に限らず、どんなスポーツも科学することができます。もちろんダイビングも同じですね。
第9回となる今回は、これまで学んだことを総動員して、この連載の目標の一つである“浮力”と水深の関係を導いてみましょう。

ダイバーの言う“浮力”

この連載の第3回では、ダイバーが普段使う“浮力”という言葉は、浮き上がる力を表す本当の浮力ではなく、上向きの浮力から下向きの重力を引き算したものであると説明しました。さらに、この連載の第5回では、それらを数式で表現しました。復習すると以下のようになります。

ダイバーの言う“浮力”

まず、ρは水の密度、Vは体積、gは地球の重力の強さで、それらを掛け算したρVgが上向きの浮力の強さを表しています。次に、mは質量で、繰り返しになりますがgは地球の重力の強さで、それらを掛け算したmgが下向きの重力の強さを表しています。この上向きの浮力ρVgから下向きの重力mgを引き算したFがダイバーの言う“浮力”になります。中性浮力とはこの“浮力”がゼロになるということで、上向きの浮力と下向きの重力が釣り合っている状態を表しています。
なお、Fは力を表す英単語Forceの頭文字をとったものです。SF映画スターウォーズに登場する特別な超能力であるフォースの由来でもあります。今回求めたい“浮力”Fは赤い文字で書いていますが、そのためにはオレンジ色で書いた体積Vがわからなければなりません。では、体積Vはどのように表現できるのでしょうか?

固体と気体の体積

この連載の第5回では、ダイビング中で体積を持っているものは人間と気体に大別できることを説明しました。今回は少し一般化して人間とは言わずに固体と表現しましょう。すると、ダイビング中の体積は以下のようになります。

固体と気体の体積

Vは全体の体積、Vsは気体以外の固体の体積、Vgは気体の体積を表しています。足し算するだけなのでとても簡単な式ですね。なお、Vの右下の小さなsは固体を表す英単語solidの頭文字、gは気体を表す英単語gasの頭文字です。このうち厄介なのは緑色で書いた気体の体積Vgです。では、気体の体積Vgはどのように表現できるのでしょうか?

気体の体積と水深の関係

この連載の第4回では、気体の体積が水深とともにどのように変化するか説明しました。さらに、この連載の第7回では、それらを数式で表現しました。復習すると以下のようになります。

気体の体積と水深の関係

まず、左側のVgはある水深での気体の体積、Vg0は水深0mでの本来の気体の体積、それらを割り算したVg/Vg0は水深0mでの気体がある水深で何倍の大きさに小さくなったかを表現しています。次に、右側の分子のP0は大気圧、分母のρは水の密度、gは地球の重力の強さ、dは水深を表しています。これでようやく、目的である水色で書かれた水深dが登場しました。少し複雑な式に見えますが、計算自体は小学生で習った足し算、引き算、掛け算、割り算しか出てきませんので落ち着いてください。なお、前回までは分母は足し算でしたが、今回から引き算にアップグレードします。水深20mのダイビングのことを、前回まではわかりやすく20mと表現していましたが、今回からは上が正なので厳密に-20mと表現するためです。

“浮力”と水深の関係

“浮力”と水深の関係

では最後に、この連載の目標の1つである“浮力”と水深の関係を導いてみましょう。これまでに紹介した3つの式を合体させればよいだけです。1つ目の式は、赤色の“浮力”Fを、オレンジ色の体積Vで表現しました。2つ目の式は、オレンジ色の体積Vを、緑色の気体の体積Vgで表現しました。3つ目の式は、緑色の気体の体積Vgを水色の水深dで表現しました。1つ目の式に2つ目の式を代入して、オレンジ色の体積Vを消去してみましょう。続いて、2つ目の式に3つ目の式を代入して、緑色の気体の体積Vgを消去してみましょう。すると、赤色の“浮力”Fと水色の水深dだけの関係が導かれます。その結果が以下の式です。

“浮力”と水深の関係

少し長い式になりましたね。最初の項が固体の浮力、2つ目の項が気体の浮力、3つ目の項が重力です。最初の項は特に変化しない定数の項です。2つ目の項は水深dが深くなるとどんどん小さくなる厄介な項です。3つ目の項は特に変化しない定数の項ですが、最大のポイントはマイナスであるということです。ということは、水深が浅ければ2つ目の気体の浮力が大きくなり浮き上がり、水深が深ければ3つ目の重力が勝って沈むということがわかります。ダイバーの言う“浮力”Fは浮き上がるプラス浮力にも、沈むマイナス浮力にもなるということが式からもはっきりします。

まとめ

まとめ

第9回となる今回は、浮力と重力の差から“浮力”を求め、体積を気体とそれ以外に区分し、気体の浮力と水深の関係を復習しました。そして、それらを組み合わせて、ついに“浮力”と水深の関係を式にすることができました。ただ、最終的に得られた式は少し複雑でしたね。次回は、この式をもう少し簡単にしていきましょう。最終的なゴールである中性浮力方程式の完成までもう一歩です。

この連載では、ダイビングの科学に関する素朴な疑問を大募集しています。初心者の方からインストラクターの方まで、ぜひ質問を編集部までお寄せください。皆様の質問が記事に採用されるかもしれません。
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物理学者
山崎 詩郎 (YAMAZAKI, Shiro)


東京大学大学院理学系研究科物理学専攻にて博士(理学)を取得後、日本物理学会若手奨励賞を受賞、東京科学大学理学院物理学系助教に至る。科学コミュニケーターとしてTVや映画の監修や出演多数、特に講談社ブルーバックス『独楽の科学』を著した「コマ博士」として知られている。SF映画『インターステラー』の解説会を100回実施し、SF映画『TENET テネット』の字幕科学監修、『クリストファー・ノーランの映画術』(玄光社)の監修、『オッペンハイマー』(早川書房)の監訳、『片思い世界』の科学監修を務める「SF博士」でもある。2022年秋に始めたダイビングに完全にハマり、インストラクターを目指して現在ダイブマスター講習中。次の目標は「ダイビング博士」。

山崎 詩郎 (YAMAZAKI, Shiro)