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~スペシャル企画:海の環境を考える~
渋谷正信氏に聞く 脱炭素時代のダイバーの役割

第5回:日本の海洋エネルギー最前線~長崎県 その③

脱炭素時代のダイバーの役割

洋上風力発電のエコロジーデザイン、藻場再生プロジェクトの先駆者・渋谷正信氏に聞く新シリーズ第5回。漁業との共生に成功した五島の洋上風力発電と海のその後は?

▼History

海洋エネルギー資源で地域の発展を目指す長崎県

今回は、私(渋谷正信氏、以下同)が長崎の海と深く関わることになった経緯を話してみます。欧州各地で行われている海洋エネルギープロジェクトを視察(連載第3回)し、そこで自分の知り得た知識と40数年培ってきた海中工事や調査の経験と技術を生かして、私を培ってくれた海に恩返しができないか、ずっと考えていました。
日本は都市を除く各地で人口の流出や過疎化が深刻です。五島列島も人口が減り、近い将来、無人になってしまう島があるかもしれず、人口流出を防ぐには産業や雇用が必要でした。一方、たくさんの島を抱える五島列島にはいくつもの瀬戸があり、そこでは潮流が行き交い、潮流発電ができる資源があります。また、風という資源も年間を通して潤沢で、平均風速は7m /秒。さらに水深は島の周辺でも100mを超え、浮体式洋上風力には好条件でした。椛島の沖約1㎞の海域が国内初の浮体式洋上風力発電の実証実験に選ばれたのを機に、潮流や風という海洋資源で地域を再生させようという長崎県の構想委員会のメンバーに依頼されました。併せて洋上風力と潮流発電の実証フィールドの国への申請が許可され、長崎県の海はどこよりも早く、海洋エネルギーの実証フィールドとなる体制ができたのです。

水深100mを超える海域の調査にはROV(遠隔操作ロボット)が活躍

水深100mを超える海域の調査にはROV(遠隔操作ロボット)が活躍(写真/(株)渋谷潜水工業)

洋上風車が立つ前の椛島(かばしま)の海中調査

洋上風力の実証試験が2010年に始まると聞き、私は現地に向かいました。風車を立てる前に海中の様子を見ておかなくてはと思ったのです。そして実証実験が行われる椛島周辺の海の中を丁寧に観察して回りました。
レジャーダイビングのスポットと違い、勝手に海には潜れないので、まず長崎県庁の方に漁業組合を紹介してもらい「風車が立つ前の海中の健康状態を調べたい」とお願いしました。漁協の方は電話で快く承諾してくれましたが、ちょっとしたエピソードがありました。調査で海に潜っていたら、すごい勢いで漁船がやってきて「何をやっている!あっちへ行け〜」と怒鳴られたのです。密猟者に間違えられたのです。椛島の漁協は福江島の支所で許可が出たことが、漁業者個人にまで行き渡ってなかったのでしょう。その後、その方とは大の仲良しになり、調査にも協力してもらうようになりました。
これまで藻場の調査や再生のために全国を潜っていたおかげで、島の周辺を一通り潜り、地形や潮流の具合を見るうちに、洋上風車が立った後の予想ができました。後は施行から運転まで、時間を追って海中の様子を記録していけば海がどれくらい変化するか見えてくると思ったのです。その影響は予想以上のものでした。前回(連載4)でお伝えしたように、風車周辺をソフトコーラルが彩り、魚は数も種類も豊かになってプラスの変化がたくさん出ていたのです。

浮体式洋上風車の周囲をソフトコーラルが覆い、タカベが群れる。(写真/(株)渋谷潜水工業)

浮体式洋上風車の周囲をソフトコーラルが覆い、タカベが群れる。(写真/(株)渋谷潜水工業)

椛島沖での浮体式洋上風力発電の実証実験が終了した後、五島市がその洋上風車を譲り受けて、現在は事業発電1号機として福江島の崎山沖で順調に稼働しています。崎山沖でも、移設前からROV(水中遠隔操作ロボット)を入れて漁業実態の調査をしてみました。ここでも洋上風車の設置前より設置後は、海中の生態系が確実に豊かになっています。そんな水中環境の好転と漁業と共生の手応えを感じ、2015年6月、周囲の要望もあって五島市に「一般社団法人 海洋エネルギー漁業共生センター」を開設することになったのです。

環境調査から洋上風力発電、潮流発電の施行、メンテナンスまで全て行う海洋エネルギー漁業共生センター(写真/(株)渋谷潜水工業)

環境調査から洋上風力発電、潮流発電の施行、メンテナンスまで全て行う海洋エネルギー漁業共生センター(写真/(株)渋谷潜水工業)

海洋エネルギーの最先端が見られる場所

「海洋エネルギー漁業共生センター」は、海洋再生エネルギーの開発と同時に高度な漁場や藻場の再生、活性化を目的に活動しています。五島の海ですでに始まっている潮流発電と共に、洋上風力プロジェクトの拠点にもなっています。センターでは所長を除き、スタッフは全て現地採用で、地域発展のための雇用創出の場にもなっています。また、潮流発電や洋上風力など海洋エネルギーの最先端をいくだけに、全国各地から視察に訪れる方が多く、センターがある福江島の交流人口が増え、地域との関係人口が増える効果も出ています。 海洋エネルギー漁業共生センターの活動には大きく3つの柱があります。

1.漁業と協調し、発電海域を漁場として利用するための調査、調整、提案。
2.海の自然を守りながら再生可能エネルギー海域の水中をどのようなデザインにしたら良いのかの提案と施工、そしてその保守メンテナンスを開発。
3.海の環境や生態系の知識と共に施行とメンテナンス技術をもつ人材づくり。
現在、海中環境を配慮した調査に始まり、海洋構造物の施行とメンテナンス、さらに漁業との共生に導く提案と実証ができる所は、五島の海洋エネルギー漁業共生センターだけです。今後は全国各地に共生センターが設置され、漁業や地域と共存共栄できる洋上風力発電づくりが進められていくはずです。

潜水士の相棒、第3のダイバーROV

ROV(遠隔ロボット)を使った海中の調査(写真/(株)渋谷潜水工業)

ROV(遠隔ロボット)を使った海中の調査(写真/(株)渋谷潜水工業)

海中作業で使うROV (Remotely operated vehicle=遠隔操作型無人探査機)を、私は第3のダイバーとも呼んでいます。洋上風力発電はもちろん、現在の水中工事にも欠かせない存在になっています。かつては潜水士としての誇りがあり、私は水中の機械化・ロボット化には抵抗がありました。現在、私のところでは、水中工事に水中バックホウ(整地や掘削作業を行う機械)を活用していますが、当初はこの水中バックホウを使うことにさえ、抵抗があったのです。しかし、機械を扱うのは他ならぬプロ潜水士です。人間にできなかったことを機械が可能にしたおかげで、むしろ潜水士の可能性は大きく広がりました。ROVも同様で、海をよく知る潜水士が操作することで、より広範囲にいい仕事ができます。例えば、ROVを水中の目的地にピンポイントで向かわせる場合もダイビングを知っていれば効率のいい潜降ルートを選べます。五島の洋上風力では、水深100mと深いこともあって現在も調査や工事にはROVが活躍しています。潜水士の身体に負担なく、作業時間も長く取れる上、高解像度光学カメラで鮮明な画像も撮影できて、洋上風力づくりに大きく貢献していると思います。

≫シリーズ過去記事はこちら
第1回:脱炭素時代のダイバーの役割
第2回:北海道の藻場再生/欧州の洋上風力発電事情
第3回:日本の洋上風力発電~長崎県 その①
第4回:日本の洋上風力発電~長崎県 その②

プロ潜水士・渋谷正信profile

SDI渋谷潜水グループ代表

(株)渋谷潜水工業代表取締役
一般社団法人「海洋エネルギー漁業共生センター」理事

1949年、北海道釧路市近郊、白糠町生まれ。
1974年、海洋開発技術学校深海潜水科に入学。
卒業後、プロ潜水士として40年以上、国内外で海洋工事に従事。
1980年、渋谷潜水工業設立。
プロ潜水士の傍ら、海と調和するエコデザインの先駆者として調査や講演、セミナーを多数こなし、「海藻の森づくり」プロジェクトを進行中。水中塾を主催し、地域の海再生を目的とした交流活動や野生イルカと調和するハートフルスイムを提唱。1991年に湾岸戦争でオイル漏れの起きたペルシャ湾を潜って水中を撮影し、これをきっかけにメディアに登場。1995年、阪神淡路大震災の被災地でボランディアや神戸港の復旧作業工事に携わる。東日本大震災でもガレキ撤去、環境調査、復旧工事で活躍。
●主な書著:海のいのちを守る(春秋社)、地域や漁業と共存する洋上風力発電づくり(KKロングセラーズ)他
●テレビ出演:毎日放送「情熱大陸」(2008年)、夢の扉(2009年)、NHKプロフェッショナル仕事の流儀(2021年)

(聞き手/西川重子)