連載
ダイビング博士 山崎先生のダイビングを科学する!
第10回「完全版!“浮力”と水深の関係」

ダイビング初心者の中には、なかなか上手にならない、と悩む方も多いですよね。一方で熟練インストラクターでも、自分ではできるけど人に理由をうまく説明できない、といった話も…
この連載「ダイビング博士 山崎先生のダイビングを科学する!」ではダイビングの悩みや疑問を科学的にわかりやすく解説します。第10回のテーマはずばり「完全版!“浮力”と水深の関係」。科学的にダイビングを理解することで、スキルアップを目指しましょう!
※2025年6月の情報です
こんにちは! 目指すは「ダイビング博士」の山崎詩郎です。普段は東京科学大学(旧東京工業大学)理学院物理学系の助教として物理学の研究と教育を行っています。そのかたわらで、科学を誰にでもわかりやすく伝える科学コミュニケーターとして、TV出演や映画の科学監修を多数務めています。

突然ですが、いまをときめく朝ドラ女優、広瀬すず・杉咲花・清原果那がトリプル主演を務める映画『片思い世界』はもうご覧になりましたか? ネタバレはしませんが、物語にはあっと驚くようなとある重要な設定があり、そこを科学の力を借りて少しでも本物らしく見せる必要がありました。そこで、私のほうで脚本全体の科学監修、科学的な小道具の準備、科学的なシーンの演技指導などを担当させていただきました。一見、映画と科学はかけ離れているように感じられますが、科学の力を借りることで映画の人間ドラマに説得力を与えることができます。ダイビングも似ているかもしれません。一見、ダイビングと科学はかけ離れているように感じられますが、科学の力を借りることでダイビングのスキルに説得力を与えることができます。
第10回となる今回は、前回導いた “浮力”と水深の関係を、もう少しわかりやすい形に変形してみましょう。
“浮力”と水深の関係
この連載の第3回では、ダイバーが普段使う“浮力”という言葉は、浮き上がる力を表す本当の浮力ではなく、上向きの浮力から下向きの重力を引き算したものであると説明しました。さらに、この連載の第5回では、“浮力”を数式で表現しました。そして、体積を固体と気体の2つに分けて考えて、この連載の第7回で学んだ気体の体積と水深の関係を利用しました。そして、この連載の第9回ではついに目標の一つである“浮力”と水深の関係を数式で表現しました。復習すると以下のようになります。

最初の項が気体以外の固体の浮力、2つ目の項が気体の浮力、3つ目の項が重力です。最初の項は特に変化しない定数の項です。2つ目の項は水深dが深くなるとどんどん小さくなる厄介な項です。3つ目の項は特に変化しない定数の項ですが、最大のポイントはマイナスであるということです。ということは、水深が浅ければ2つ目の気体の浮力が大きくなり浮き上がり、水深が深ければ3つ目の重力が勝って沈むということがわかります。ダイバーの言う“浮力”Fは浮き上がるプラス“浮力”にも、沈むマイナス“浮力”にもなるということがこの式からもはっきりします。
前回は浮力に注目しましたが、今回は重力に注目して、この式の計算をもう一歩進めてみましょう。
固体とウエイトの重さ
この連載の第5回では、ダイビング中で重さを持っているものは人間とウエイトに大別できることを説明しました。今回は少し一般化して人間とは言わずに固体と表現しましょう。すると、ダイビング中の重さは以下のようになります。

mは全体の重さ、msはウエイト以外の固体の重さ、mwはウエイトの重さを表しています。足し算するだけなのでとても簡単な式ですね。なお、前回同様ですが、mの右下の小さなsは固体を表す英単語solidの頭文字、wはウエイトを表す英単語weightの頭文字です。なぜわざわざこのように分けるのかはすぐにわかりますのでご辛抱を。
完全版!“浮力”と水深の関係
では、重さを固体とウエイトに分けたこの式を、最初に復習した “浮力”と水深の関係の式のmに代入してみましょう。その結果が以下の式です。

さらに長い式になってしまいましたね(笑)でも、これ以上長い式はこの連載で登場しない予定なのでご安心ください。最初の項が気体以外の全ての固体の浮力、2つ目の項が気体の浮力、3つ目の項がウエイト以外の全ての固体の重力、4つ目の項がウエイトの重力です。
これが“浮力”と水深の関係の完全版です!この式はどんな時でも正しいです。記念すべき連載第10回にしてようやく一つのゴールに達成しました。とはいえ、このままでは数式が長すぎて使いにくいので、もう少し現実的な状況を考えて、実用的な式に変形してみましょう。
固体の“浮力”はほぼゼロ

ここまでで、体積を気体以外の固体と、気体の2つに分けました。また、重さをウエイト以外の固体と、ウエイトの2つに分けました。そのせいで、“浮力”と水深の関係式も長く複雑なものになってしまいました。では、なぜわざわざこのように分けたのでしょうか?
この連載の第5回で説明したことを思い出してみます。気体は、水より1000倍程度密度が低いため、体積はありますが重さはほぼありません。そのため、浮力だけを考えて、重力を考える必要はありません。一方で、ウエイトは、水より10倍以上密度が高いため、重さはありますが、体積はゼロと考えても支障ありません。そのため、重力だけを考えて、浮力を考える必要はありません。

では、気体でもウエイトでもない、それ以外の固体はどうでしょうか。人間は、水とほとんど同じ密度のため、体積もあり重さもあります。そのため、厄介なことに浮力も重力も両方考えなければなりません。ところが、非常に幸運なことに、人間は水とほとんど同じ密度のため、上向きの浮力と下向きの重力が打ち消し合って、“浮力”はほぼゼロになっています。そのため、人間は水の中でほとんど浮かびもせず沈みもしません。もちろん、本当はわずか2%だけ水に浮きますが、物理では細かいことは気にしません。
また、水着のままでマスクやシュノーケルやフィンなどの軽器材を身につけると人間はギリギリ浮かびます、すなわちほとんど浮びもせず沈みもしません。このことは、ライフジャケットやウェットスーツやウエイトを身につけずに、水着だけでシュノーケリングをすればすぐにわかります。私も、ダイブマスターの泳力テストや、海外でのライフジャケットなしのシュノーケリングでそのことを経験済みです。

さらに、水着のままで軽器材に加えてレギュレーターやタンクや空気を抜いたBCDなどの重器材を身につけると人間はギリギリ浮かぶかギリギリ沈むかのどちらかです、すなわちほとんど浮びもせず沈みもしません。このことは、私がダイブマスター講習にてディープダイビングのバックアップ空気源の設置を行ったときに経験済みです。バックアップ空気源とは、タンクにレギュレーターとBCDを取り付けただけのものですが、これは勢いよく浮かんだり沈んだりすることはありませんでした。ダイビング器材とは水中でだいたい中性浮力に近くなるようにできているのです。ただし、ここまで登場しなかったウェットスーツだけは取り除けない気泡が含まれるため厄介な存在です。
すると、BCDやウェットスーツなど厄介な気体を含むものやウエイトを除けば、ダイビング器材を身につけた人間の“浮力”はほぼゼロと近似できます。すなわち、気体とウエイト以外の固体の“浮力”はほぼゼロと近似できます。これを数式で表現したのが以下です。

固体の浮力と固体の重力が打ち消し合って、固体の“浮力”がゼロになるという意味です。
“浮力”と水深の関係の近似版
では、この近似式を、完全版の“浮力”と水深の関係の式に代入してみましょう。すると、固体の浮力と固体の重力が見事に打ち消し合って消え、数式がとても簡単になります。その結果が以下の式です。

だいぶスッキリしましたね! 最初の項が気体の浮力、2つ目の項がウエイトの重力です。もう固体のことは忘れて、気体とウエイトのことだけ考えればいいんです。これが“浮力”と水深の関係の近似版です。この式は条件付きですが多くの場合ほぼ正しいです。
まとめ

第10回となる今回は、重さをウエイトとそれ以外に分けることで、完全版の“浮力”と水深の関係式を導きました。さらに、ウエイトと気体以外の固体の“浮力”がほぼゼロになっているという実際のダイビングの状況で近似をすることで、簡潔な近似版の“浮力”と水深の関係式を導きました。次回は、この式をもう一歩簡単にして、実際に数字を入れて計算してみましょう。
この連載では、ダイビングの科学に関する素朴な疑問を大募集しています。初心者の方からインストラクターの方まで、ぜひ質問を編集部までお寄せください。皆様の質問が記事に採用されるかもしれません。
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物理学者
山崎 詩郎 (YAMAZAKI, Shiro)
東京大学大学院理学系研究科物理学専攻にて博士(理学)を取得後、日本物理学会若手奨励賞を受賞、東京科学大学理学院物理学系助教に至る。科学コミュニケーターとしてTVや映画の監修や出演多数、特に講談社ブルーバックス『独楽の科学』を著した「コマ博士」として知られている。SF映画『インターステラー』の解説会を100回実施し、SF映画『TENET テネット』の字幕科学監修、『クリストファー・ノーランの映画術』(玄光社)の監修、『オッペンハイマー』(早川書房)の監訳、『片思い世界』の科学監修を務める「SF博士」でもある。2022年秋に始めたダイビングに完全にハマり、インストラクターを目指して現在ダイブマスター講習中。次の目標は「ダイビング博士」。
