連載
ダイビング博士 山崎先生のダイビングを科学する!
第7回「体積を計算してみよう」

ダイビング初心者の中には、なかなか上手にならない、と悩む方も多いですよね。一方で熟練インストラクターでも、自分ではできるけど人に理由をうまく説明できない、といった話も…
この連載「ダイビング博士 山崎先生のダイビングを科学する!」ではダイビングの悩みや疑問を科学的にわかりやすく解説します。第7回のテーマはずばり「体積を計算してみよう」。科学的にダイビングを理解することで、スキルアップを目指しましょう!
※2025年3月の情報です
こんにちは! 目指すは「ダイビング博士」の山崎詩郎です。普段は東京科学大学(旧東京工業大学)理学院物理学系の助教として物理学の研究と教育を行っています。そのかたわらで、科学を誰にでもわかりやすく伝える科学コミュニケーターとして、TV出演や映画の科学監修を多数務めています。
数式を使えばダイビング中に起こることが理解できる

年末に受けた潜水士の試験ですが、年始に無事に合格し、そして先日ついに免許証が届きました…! 潜水士の試験は物理の問題や数式を用いた計算問題もあり、実際にダイビング中に起こる多くのことも物理や数式で説明できるんです。
この連載の第4回では「気体の浮力」について説明してきました。今回はその数式版になりますので、まだご覧になっていない方はぜひご一読ください。
第1回から第4回までは、わかりやすくするために文章と図のみを用いて直感的に説明してきました。第5回からはほんの少しだけ物理や数式の力を借りて、より正確により深く理解することを目指しています。第4回までと比べると少し難しいと感じる人もいるかもしれませんが、別に数式がわからなくても全然大丈夫です。数式を使っても、結局はダイバーの皆さんが経験的にすでに知っていることと同じ結論が得られるだけなんです。ただ、数式を使うメリットとして、数字やグラフで結論がより正確にわかることがあります。また、直感的にはわからない意外な発見につながる場合も多いです。
切っても切り離せない、ダイビングと体積

第6回となる前回は、ダイビングと圧力は切っても切り離せない、というお話からスタートしました。今回のテーマは圧力ではなく体積。ダイビングと体積は切っても切り離せない、というお話からスタートしたいと思います。突然ですが、皆さんは何リットルのタンクを使うことが多いですか? 多くのダイビングショップでは標準的な10リットルのタンクを使っています。長めのダイビングや深場のダイビングをする場合は、安全のために少し大きい12リットルのタンクを使うこともありますね。逆にタンクが重すぎて負担という女性などは少し小さい8リットルのタンクを使うこともあります。これらの何リットルという数字はもちろんすべてタンクの体積を意味しています。また、潜降していくとスーツがギュッとつぶされて少し小さくなりますが、これもなにかといえばスーツの体積の話です。さらに、BCDに空気を入れれば浮力が大きくなりますが、これも当然BCDの体積の話です。このように、ダイビングでは体積がありとあらゆるところに登場します。
この連載でも第1回から何度も体積という単語が登場していますが、今回はその大きさを以下のようにアルファベットのVで表してみましょう。体積を意味する英語Volumeの頭文字です。
「体積」=V
よく日本語でも、ダイビング後は意外とおなかが減るのでボリュームがある夕食が出て嬉しい、などと言いますよね。
大気圧での体積

第6回となる前回、地上での気圧の大きさのことを大気圧と言い、その大きさは1気圧であることを説明しました。数式で書くとP0=1気圧でした。同じようにして、大気圧のときの体積を以下のようにV0と表してみましょう。Vの右下にある小さな0は、標高0mや基準であることを表すただの目印です。
「大気圧での体積」=V0
なぜわざわざこんなことを考えるのでしょうか? もし、BCDに入っている空気の量を誰かに伝えたいとします。でも、BCDの体積は水深が深いときはギュウギュウに押しつぶされ小さくなり、水深が浅いときは膨らみ大きくなり、水面ではパンパンに膨らんでしまいます。すると、BCDの体積はどれくらいの水深で測ったかによって全く変わってしまい、BCDにどれくらいの空気が入っているかを誰かに客観的に伝えるときに不便です。そのため、いつでも大気圧P0での体積V0をもってBCDの本来の体積とするのが便利なんです。
圧力と体積の関係、ボイルの法則

前回は圧力、今回は体積について考えてきましたが、圧力と体積には密接な関係があります。では、どんな関係なのでしょうか? 気体には、圧力が2倍になると、体積が1/2になる。圧力が3倍になると、体積は1/3になる、という性質があります。もう少し一般化すると、圧力がn倍になると、体積は1/nになる、つまり反比例します。この関係はボイルの法則と呼ばれています。高校で化学を勉強した人なら聞いたことがあるかもしれません。ボイルの法則を数式で表すと以下のようになります。

PV=P0V0
「圧力」Pと「体積」Vを掛け算したものは、「大気圧」P0と「大気圧での体積」V0を掛け算したものと等しくなるという意味です。
例えば、大気圧の1気圧で1リットルの風船があったとします。このとき、P0V0の値を計算してみると、1×1=1になります。もし、この風船を水深10mに沈めてP=2気圧にしたら風船Vの体積はどうなるでしょうか? Pが2倍になったので、Vは半分の0.5になれば、2×0.5=1になりボイルの法則を満たします。すると答えはV=0.5リットルです。今度は逆に、風船の体積を0.25リットルにするには、風船を水深何mまで沈めればよいでしょうか? 圧力P=4気圧になれば、4×0.25=1でボイルの法則を満たします。すると答えは4気圧、つまり水深30mです。このようにボイルの法則を使えば圧力と体積が関係する問題を計算で求めることができるんです。慣れればとても便利ですね。

この連載では、圧力Pが大気圧P0に比べて何倍になった時に、体積Vが大気圧での体積V0に比べて何倍になるのかを求めるために、ボイルの法則を使うことが多いです。そのために、体積Vが大気圧での体積V0に比べて何倍になったかを表すV/V0を求めやすいように、ボイルの法則を少し変形したものが以下の式です。
V/V0=P0/P
水深dでの体積
第6回となる前回は「圧力」Pの一つである水圧を数式で表現することをゴールとしていました。水深をdとすると以下のようになります。重要なので復習しておきましょう。
P=P0+ρdg
これは少し難しい書き方でしたね。この式を計算しやすいようにより具体的にしたのが以下の式でした。
P=1+0.1d(気圧)
では、これらの圧力Pの式を、ボイルの法則の式V/V0=P0/Pに代入してみましょう。まず、難しい書き方のほうは以下のようになります。

V/V0=P0/(P0+ρdg)
少し難しいですね。では今度は、計算しやすいように具体的にしたものを代入してみましょう。

V/V0=1/(1+0.1d)
例えば、水深d=0mつまり水面の時は、1/(1+0)=1なので、体積Vは大気圧での体積V0と同じになります。これは当たり前ですね。では、少し潜降してみましょう。水深d=10mの時には1/(1+0.1×10)=1/(1+1)=1/2=0.5なので、体積Vは半分になります。水深d=20mの時には1/(1+0.1×20)=1/(1+2)=1/3=0.33なので、体積Vは3分の1になります。水深d=30mの時には1/(1+0.1×30)=1/(1+3)=1/4=0.25なので、体積Vは4分の1になります。レジャーダイビングの限界深度である水深d=40mの時には1/(1+0.1×40)=1/(1+4)=1/5=0.2なので、体積Vは5分の1になります。
一見面倒な計算をしているようですが、落ち着いて見てみてください。実は、計算自体は小学生でもできるとても簡単なものなんです。そしてこれ、実は第4回で学んだ「気体の体積」のことを数式に置きなおしただけなんです。じゃあ、なんでダイバーなら経験的に知っている常識的なことを、わざわざわかりにくい数式に置きなおしたんだと思うかもしれません。数式にしたメリットとして、いよいよ次回一目瞭然のグラフが登場します。
まとめ

第7回となる今回は、「ボイルの法則」を使って「体積」を数式で表現しました。前回同様に少し難しかったと感じた人も心配いりません。計算はそんなもんだと雰囲気だけ感じていただければ大丈夫です。第8回となる次回は、前回計算した「圧力」や今回計算した「体積」をグラフで表してみましょう。いよいよ数式で表現した真価が発揮され始めます。「気体の体積」がどのような姿をしているのか、グラフで一目瞭然になります。
この連載では、ダイビングの科学に関する素朴な疑問を大募集しています。初心者の方からインストラクターの方まで、ぜひ質問を編集部までお寄せください。皆様の質問が記事に採用されるかもしれません。
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物理学者
山崎 詩郎 (YAMAZAKI, Shiro)
東京大学大学院理学系研究科物理学専攻にて博士(理学)を取得後、日本物理学会若手奨励賞を受賞、東京工業大学理学院物理学系助教に至る。科学コミュニケーターとしてTVや映画の監修や出演多数、特に講談社ブルーバックス『独楽の科学』を著した「コマ博士」として知られている。SF映画『インターステラー』の解説会を100回実施し、SF映画『TENET テネット』の字幕科学監修や公式映画パンフの執筆、『クリストファー・ノーランの映画術』(玄光社)の監修、『オッペンハイマー』(早川書房)の監訳を務める「SF博士」でもある。2022年秋に始めたダイビングに完全にハマり、インストラクターを目指して現在ダイブマスター講習中。
次の目標は「ダイビング博士」または「潜る物理学者」。
