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~スペシャル企画:海の環境を考える~
渋谷正信氏に聞く 脱炭素時代のダイバーの役割

第6回:海洋環境ビジネスで活躍する潜水士

脱炭素時代のダイバーの役割

洋上風力発電のエコロジーデザイン、藻場再生プロジェクトの先駆者・渋谷正信氏に聞く新シリーズ第6回。国内各地で動きが加速してきた洋上風力発電計画。先駆けである渋谷氏の活動は海外でも評価されていた。

▼History

拍手喝采を浴びたモナコでの基調講演

今回は、私(渋谷正信氏、以下同)が海外での環境意識の高さに触れた体験からお話しします。洋上風力発電の目的はCO2を出さずに電力を生むことです。その水中部分を環境に配慮したデザインに工夫することで海の生態系が回復し、魚介類が豊かになっていきます、そうすることで衰退しつつある日本の漁業が元気を取り戻し、地域も活性化していくようになります。それを実証しようと続けてきた地道な活動が、世界に認められたと実感したのが2018年5月14日、モナコ公国での基調講演の時でした。

地中海に面した美しいモナコ公国は人口の3分の1が百万長者という裕福な国です。しかし国土は約2㎢と世界で2番目に小さく、限られた国土に人口が集中していることから、2025年の完成を目指して海岸線の一部を埋め立て、マリーナなどを備えた高級な居住区「ポルティエ・コーブ」の工事を行っています。

世界のセレブが集まるモナコで進む埋め立てプロジェクト(写真/(株)渋谷潜水工業)

世界のセレブが集まるモナコで進む埋め立てプロジェクト(写真/(株)渋谷潜水工業)

開発を請け負ったフランスのブイグ社は環境に配慮したプロジェクトの提案書を提出。自然環境に敏感な欧州の国だけに、モナコ公国はその検証をEMCという独立した環境モニタリング組織に依頼しました。私はそのEMCの推薦を受け、ブレインストーミング会議の冒頭で欧米のゲストスピーカーと共に基調講演を行うことになったのです。
講演では主に、東京湾アクアラインと五島の浮体式洋上風力の海洋構造物と海の生態系との関係について紹介しました。自分の話が果たして海外で役に立つのか、不安を抱えながらの講演でしたが、話し終えると会場には「ブラボー」「パーフェクト」の言葉と拍手喝采が響き渡ったのです。
私を招いてくれたフランス・モンペリエにあるポール・ヴァレリー大学のシルヴァン・ピオシュ教授は、環境と生態学ではフランス最大の研究所CEFE(Centre d’Écologie Fonctionnelle et Évolutive)の研究員で、海洋・沿岸地域の環境都市計画などを研究されています。彼からも「今回の貴君の講演は期待以上だった。日本のレベルの高さに驚いた」との言葉をもらったのです。

海外からの評価で協力者が増えた!

日本で洋上風力発電のプロジェクトが本格的に動き出す前から、私は海洋エネルギーの先進国から情報を得ようと欧州の展示会や海洋エネルギー関連の研究所、そして洋上風力の現場などを度々訪れていました。そんな時に、イギリスのプリマス海洋研究所の研究員や前述のフランスのピオシュ教授といった研究者に私がやっている水中工事と環境との調和や、海洋エネルギーとの調和について話すと、その取り組みに驚いていました。

ある年、私が日本を離れることができず、代役を頼んだ息子が欧州を訪れた際に、研究者の一人が息子に「私の知る限り、水中工事をしながら環境のことを考え、さらに漁業との共存まで図っていこうという会社は、欧米にもまだありません。あなたの会社は世界でも最先端をいっているのではないですか」と言ってくれたそうです。

海洋エネルギーについて欧州視察をする渋谷氏(写真/(株)渋谷潜水工業)

海洋エネルギーについて欧州視察をする渋谷氏(写真/(株)渋谷潜水工業)

それまで私の活動を遠巻きに見ていた息子や会社のスタッフが、それ以来、私の環境や藻場調査などの活動にも理解を示し、作業を手伝ってくれるようになったのです。

潜水作業現場にいち早く水中撮影を取り入れた理由

水中撮影で藻場調査を行う渋谷氏(写真/(株)渋谷潜水工業)

水中撮影で藻場調査を行う渋谷氏(写真/(株)渋谷潜水工業)

渋谷潜水工業では、社員が水中工事の作業と共に、現場の状況撮影も行なっています。水中撮影は、現場の状況や作業の進行具合の報告となり、それをスタッフ全員が把握するための記録として始めたものです。全国に散らばっている社員が、それぞれの現場で今、何をやっているのか、どこまで進んでいるのかを、写真を見ればわかりやすいからです。
又、そうすることで先輩スタッフは後輩のやっている仕事を共有できるので、その後の指示に生かせます。私も写真で作業を確認し、少しでもおかしいと思えばすぐスタッフに問い合わせができます。多忙なスケジュールでも日本中で行っている工事や調査の全体を管理できるので、現場写真報告は私にも会社全体でも欠かせないツールになっています。

かつて「潜水士は寡黙であれ」と言われてきました。水中では孤独な状態で仕事をやるので、あまりおしゃべりでないほうがよかったのかもしれません。しかし今の時代は自分が何をやっているのか、何をやれるのかを表現できるようにして、海中の状況を「見える化」する必要があります。

海中で作業をするプロ潜水士(写真/(株)渋谷潜水工業)

海中で作業をするプロ潜水士(写真/(株)渋谷潜水工業)

会社を興して以来、私は自分がやっている仕事や提案を伝えるため、水中の現場状況や工事の施工方法を絵に描いたり、写真に撮ったりしてクライアントにわかりやすく説明する工夫を重ねてきました。同業者の中には、「水中の様子を写真で見せて効率の良い方法など提案したら、自分の仕事が減るぞ」と忠告してくれる方もいましたが、たとえ仕事が減っても、クライアントやみんなにとって良い方法があるなら、それを提案し、実践していきたい、そう思って自分のやり方を貫いてきました。そのせいか「渋谷はおもしろいことをやっている」「渋谷にやってほしい」と指名を受けるようになってきました。潜水工事の現場で行なってきた「海の現場の見える化」は、そのまま、洋上風力発電の現場でも役に立っています。

水中写真コンテストを主催する潜水工事会社

人目に触れることの少ない潜水工事の現場を撮影するのだから、より鮮明に、そしてキレイに格好良く撮れるようになることも大事だと思っています。潜水士としての水中の作業技術の向上と共に、現場写真撮影のレベルもあげて、水中の発信力を高めていきたいと思って...。渋谷潜水工業では年2回、自社スタッフによるフォトコンテストを開催しています。コンテストの上位受賞作品を一冊にまとめて、写真集も制作しています。
プロ潜水士としては作業が第一優先ですから、記録写真はコンパクトデジカメなどでの撮影になりますが、作業に支障をきたさない範囲内で本格的に水中写真を撮るスタッフもいます。また社内では時々、撮影の勉強や機材の操作方法を説明してもらうために、水中撮影機材メーカーさんに来てもらい、講習会を開くこともあります。
自分たちの仕事を表現する潜水現場写真は、脱炭素時代・海洋環境ビジネスの世界で社会貢献できる重要なスキルだと思っています。会社としても、できる限り潜水士の技術向上をバックアップして海の中の現場を「見える化」していきたいと思っています。

自社フォトコンテストの受賞作をまとめた渋谷潜水工業のオリジナル写真集。プロ潜水士の勇姿を捉えた見事な作品が収められている。(写真/(株)渋谷潜水工業)

自社フォトコンテストの受賞作をまとめた渋谷潜水工業のオリジナル写真集。プロ潜水士の勇姿を捉えた見事な作品が収められている。(写真/(株)渋谷潜水工業)

≫シリーズ過去記事はこちら
第1回:脱炭素時代のダイバーの役割
第2回:北海道の藻場再生/欧州の洋上風力発電事情
第3回:日本の洋上風力発電~長崎県 その①
第4回:日本の洋上風力発電~長崎県 その②
第5回:日本の洋上風力発電~長崎県 その③

プロ潜水士・渋谷正信profile

SDI渋谷潜水グループ代表

(株)渋谷潜水工業代表取締役
一般社団法人「海洋エネルギー漁業共生センター」理事

1949年、北海道釧路市近郊、白糠町生まれ。
1974年、海洋開発技術学校深海潜水科に入学。
卒業後、プロ潜水士として40年以上、国内外で海洋工事に従事。
1980年、渋谷潜水工業設立。
プロ潜水士の傍ら、海と調和するエコデザインの先駆者として調査や講演、セミナーを多数こなし、「海藻の森づくり」プロジェクトを進行中。水中塾を主催し、地域の海再生を目的とした交流活動や野生イルカと調和するハートフルスイムを提唱。1991年に湾岸戦争でオイル漏れの起きたペルシャ湾を潜って水中を撮影し、これをきっかけにメディアに登場。1995年、阪神淡路大震災の被災地でボランディアや神戸港の復旧作業工事に携わる。東日本大震災でもガレキ撤去、環境調査、復旧工事で活躍。
●主な書著:海のいのちを守る(春秋社)、地域や漁業と共存する洋上風力発電づくり(KKロングセラーズ)他
●テレビ出演:毎日放送「情熱大陸」(2008年)、夢の扉(2009年)、NHKプロフェッショナル仕事の流儀(2012年)

(聞き手/西川重子)