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【連載コラム】もっと知りたいダイビング医学
第3回 
減圧症
~ダイバーが知っておくべきこと
その2~

もっと知りたいダイビング医学

減圧症シリーズの第1回では、減圧症の発症メカニズムや診断について解説しました。第2回となる今回は、減圧症の治療、およびダイバーができる減圧症予防について説明します。
重症減圧症を発症した場合、適切に治療が行なわれないと後遺症が残ってしまうことがあります。そのため、減圧症を「予防する」ことが極めて重要です。各ダイバーが減圧症にならないための一助となれば幸いです。

文責/小島泰史(東京医科歯科大学高気圧治療部、東京海上日動メディカルサービス)

減圧症の治療について

●再圧治療は減圧症の標準治療法

「減圧症では発症後早期の再圧治療を要する」というのが、減圧症治療のゴールデンスタンダード(標準治療法)です。1)

再圧治療とは、再圧治療表に従って、患者を高濃度酸素および高気圧環境下に置くことにより、身体内に形成された気泡を再溶解させて体外への排出を促進させ、また傷害された組織の低酸素環境を改善する治療法です。再圧治療には、高気圧酸素治療装置(チャンバー)を使用します。

図1 東京医科歯科大高気圧治療部の高気圧酸素治療装置(チャンバー)

東京医科歯科大高気圧治療部の高気圧酸素治療装置(チャンバー)_1
東京医科歯科大高気圧治療部の高気圧酸素治療装置(チャンバー)_2

●減圧症では軽症でも
常に再圧治療が必要?

前述したように、減圧症の標準治療法は発症後「早期の」再圧治療です。しかし、潜水は再圧治療施設から離れた場所でも行なわれます。

そのような場所で減圧症を発症した場合、レジャーダイビングでは早期の再圧治療は困難です。2017年のUHMS(米国高気圧潜水医学会)のワークショップで、Lafère Pは発症後6時間以内に再圧治療を受けられた事故ダイバーは、僅か10%のみであったと指摘しています。

第1回で記したように、減圧症の重症度は様々であり、軽症減圧症では自然治癒することもあります。また、長距離搬送、特に空路搬送には事故のリスクもあります。さらに、空路搬送中の環境圧低下は、減圧障害悪化のリスク要因でもあります。そのため、軽症から命にかかわる重症の患者までを同じく緊急搬送することがリスクに見合っているかとの疑問が生じます。

このようにリスクを伴う状況を考慮しても、軽症患者への「早期の」再圧治療は本当に必要でしょうか?

ここで、文献1に戻ると、再圧治療は減圧症の標準治療法とする一方で、以下の記載も認めます。

「しかし、再圧治療施設から遠く離れている場所で軽症の減圧障害が発症した場合、移動に航空搬送が必要な時、夜間や悪天候などで移動が危険である時には、大気圧下の酸素吸入で症状の緩解を図ることは現実的な選択肢として考えられています。」

つまり、減圧症の標準治療法は発症後早期の再圧治療とする一方で、軽症例では必ずしも無理をせずに酸素吸入で対応し、可能な範囲で再圧治療を行なえば良い、ということになります。

では、ここで示された「軽症例」とはどのような減圧症でしょうか。減圧症シリーズの第1回で示したⅠ型(軽症)とⅡ型(重症)とは異なります。表1にまとめました。
(なお、ここでは軽症減圧症ではなく、軽症減圧障害となります)

表1 軽症減圧障害の定義 文献2より著者抄訳作成3)

減圧障害において、軽症(mild) の症状・徴候を以下と定める。

  • ・四肢痛
  • ・全身症状(疲労感など)
  • ・皮膚感覚の変化
  • ・皮疹
  • ・皮下浮腫(浮腫性減圧障害)

これらは安定もしくは改善傾向にあること、かつ潜水医学専門医が満足出来るレベルで重大な神経学的異常所見がないことが除外されていること、が必要である。

●重症例で再圧治療は
どの程度急ぐべきなのか?

では、重症例の再圧治療はどの程度急ぐべきなのでしょうか。表2の再圧治療遅延の影響からは、重症例では「安全にできる範囲内でなるべく早く、できれば6時間以内の再圧治療」を目指すことが目標になります。

表2 再圧治療遅延の影響 文献2より著者抄訳作成3)

  • A. 再圧治療は即時に行われることで最大の効果を得られるだろう(特に、より重症の症状がある場合において)。それは、潜水現場で再圧が可能な場合に限って可能であろう。
  • B. 軽症減圧障害で、再圧治療の遅れは長期的予後に悪影響を与えることはないだろう。
  • C. 重症減圧障害で、再圧治療は、安全な範囲で可及的早期に実施されるべきである。6時間以上の治療の遅れが回復を遅くする、ないしは完全回復の可能性を下げる、との弱いエビデンスがある。

以上ですが、「減圧症が軽症であるか重症であるか」、「再圧治療をするか否か」、「するとしてどの程度急ぐべきか」の判断を含めて、潜水事故患者にどのような治療方針で臨むかは、当たり前ですが医師の判断事項となります。ダイバーの自己判断は禁物です。

●再圧治療表には
どのような種類があるのか?

再圧治療表には、様々な種類があります。
日本で一般的に使用されている再圧治療表は2.8ATA加圧の米海軍再圧治療表(US Navy treatment table; USNTT)です。減圧症シリーズの第1回で記したように、古典的に減圧症はⅠ型(軽症)とⅡ型(重症)とに分類され、Ⅰ型にはUSNTT 5(いわゆる、テーブル5)、Ⅱ型にはUSNTT 6(いわゆるテーブル6)が広く用いられていました。しかし、最近では分類に関わらずテーブル6を選択する施設も多いようです。
世界的には、米海軍治療表以外にも、Royal Navy治療表、Comex治療表など様々な治療表が使用されています。

ダイバーのための減圧症対策
-とにかく予防

ここまで減圧症の診断や治療について説明しました。しかし、本来的にはダイバーが目指すべきは「発症しないようにすること=予防」です。

軽症、重症と多少考え方は異なるものの、基本的には減圧症では発症後早期の再圧治療を、現実的なかつ安全上可能な範囲で目指すことになります。しかし、チャンバーはMRIやCTのように一般的ではありません。日本でも、設置されている地域に偏りがあり、レジャーダイバーが発症後早期に再圧治療施設を受診することは、必ずしも容易ではありません。

潜水をする以上は減圧症に罹患するリスクをゼロにはできません。しかし、現実的に可能な範囲でゼロに近づけること、「とにかく予防」が重要です。

●潜水前
心身の健康の維持

減圧症予防に限ったことではないですが、ダイバーは心身共に健康を維持することが大事です。高血圧、高脂血症など持病があれば、きちんとコントロールしてください。肥満のコントロール(肥満は減圧症のリスクファクターとされます)、禁煙も望まれます。
定期的に健康診断を受け、異常を指摘された場合には、きちんと医師の指示に従うことが重要です。また、体調管理の一環として潜水前日の深酒、寝不足も避けるようにしましょう。(本連載の第1回も参照してください)

水分補給

減圧症及び熱中症予防の観点から、潜水前には適度の水分補給も大事です。具体的な補給量を数値化することは難しいですが、尿の色を観察することが、脱水状態の気付きに有用です。4)

自身の技量の確認

パニックや急浮上を避けるためにも、予定された潜水が自身の技量と合っているか確認してください。合っていないのであれば適切なトレーニングを受けてから潜水するようにしましょう。もし不安があれば、インストラクターやガイドに伝えましょう。不安を伝えることができるのは、ダイバー本人のみです。

器材チェック

器材を定期的にメンテナンスしていますか? 潜水事故の一定数は器材の不調により生じています。著書は以前に、死亡事故の約1割(78例中8例)において、器材トラブルがトリガーであったと報告しています。5)特にレギュレーターの異常はパニックや急浮上に繋がりやすく、減圧症、動脈ガス塞栓症のリスクを高めます。

●潜水中
潜水深度・潜水時間・水面休息時間の
管理

窒素が体内へ溶け込む量は潜水深度・潜水時間に応じて増え、溶け込む窒素が多いほど、減圧症は発症しやすくなります。複数潜水では、最大水深30m超、1日3本を超える潜水、90分以下の水面休息時間は発症リスクになるとの報告があります。6)

溶け込んだ窒素量はダイブテーブルないしはダイブコンピュータで評価することになりますが、単一潜水では ヘンプルマンの窒素ガス曝露指数Q値(=最大深度[メートル]×√滞底時間[分])も参考になります。7)Q値150が米国海軍減圧表の無減圧潜水限界時間とほぼ一致しており、100以下であれば減圧症の可能性はほぼ無いとされます(例えば、最大深度20メートル、滞底時間25分間でQ値は100となります)。

ダイブコンピュータは
減圧症にならないことを保証する?

ダイブコンピュータの出す値はあくまで理論値です。コンピュータの無減圧潜水(DECOを出さない潜水)を守ることは、減圧症に罹患しないことを100%保証するものではありません。DECOを出さずとも減圧症は発症するので、コンピュータギリギリまでの潜水を目指すのではなく、窒素負荷が控えめの潜水を心がけましょう。

「深→浅」の原則、浮上速度に注意

潜水計画は「深→浅」を原則としてください。これは1本目より2本目の最大深度を浅くすること、1本の潜水中ではまずは最大深度に到達し、後半に向けて徐々に浅くすることを意味します。
浮上速度も大切です。1分間に9~10メートルの浮上速度を守り、安全停止から水面は更にゆっくり浮上しましょう。

その他

他に、息切れするくらい激しく泳ぐ、潜水中寒く感じる、ことなども減圧症のリスクとされます。6)安全停止中の適度な運動は推奨されます。

以上、適切な潜水深度・潜水時間・水面休息時間を考慮した潜水計画、潜水中の運動が過度にならないこと、水温に適したスーツ選択などに気をつけましょう。

●潜水後
潜水後の運動

潜水終盤及び潜水直後の激しい運動、特に関節に負荷が大きい運動は控えることがよいでしょう。気泡の形成を促し、減圧症発症リスクを高めるとされます。

高所への移動

潜水後の高所移動にも注意が必要です。浮上後24時間は飛行機搭乗しないことが推奨されています。リゾートで複数日潜水するのであれば、途中に潜水をお休みする日を作ることや、ギリギリまで潜るのではなく飛行機搭乗の前日は潜らないことでリスクを軽減することができます。ただし、最終日に観光する場合、登山やスカイダイビングなどの高所移動を含むアクティビティは計画しないようにしてください。

次回は減圧症になってしまった(になったと疑われる)場合の、ダイバーの対応について考えてみます。

参考文献

小島泰史先生プロフィール

小島 泰史 (コジマ ヤスシ)

小島 泰史
(コジマ ヤスシ)

1997年にダイビングを始め、その後東京医科歯科大高気圧治療部で潜水医学を学び、専門医を取得。現在は同大学の高気圧治療部非常勤講師として、潜水障害患者の診療を行っている。専門である整形外科の知識を活かし、損害保険会社の顧問医として、医療事故などに関する医療コンサルを行っており、リスクに関する造詣も深い。元DAN Japan Medical Officer。現在、日本高気圧環境・潜水医学会において理事、広報委員会委員長、国際情報委員会委員長を務めている。UHMS、SPUMS、日本渡航医学会他、多数の学会に所属。
日本整形外科学会認定整形外科専門医。日本手外科学会認定手外科専門医。日本医師会認定産業医。日本高気圧環境・潜水医学会認定高気圧医学専門医。