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【連載】耳ぬき不良は治る!(文・三保 仁)
第4回 耳ぬき不良による障害
(その2)外リンパろう

耳ぬき不良は治る!

耳ぬき不良が起きるとどのような障害が起きてしまうのか。
今回は、聞こえ(聴覚)を感じとったり、平衡感覚をつかさどる内耳の障害「外リンパ瘻(ろう)」についてお話しします。
一般的にはレアな病気ですが、ダイバーには決して珍しくない、そして二度とダイビングをすることが望ましくない状態になる、重篤な障害です。
※月刊『マリンダイビング』2017年2月号に掲載された記事です。

内耳の解剖

内耳は大きく分けると、聞こえを感じ取るカタツムリ状の蝸牛(かぎゅう)と、平衡感覚をつかさどる三半規管の2つに分けられます。

鼓膜の振動を内耳に伝える3つの耳小骨があり、その一番後ろのアブミ骨が、卵円窓(または前庭窓)にくっついています。卵円窓は薄い骨の膜でできており、音の振動が蝸牛の中にある外リンパ液に伝わるための窓口です。その下の方に、内耳の圧力を調整するための正円窓(または蝸牛窓)という、やはり薄い骨の膜でできた部分があります。この2つを合わせて、内耳窓と呼びます(図1)。

また、内耳の中の外リンパ液は、脳の周りにある脳脊髄液から前庭水管を通じて供給されます。重い物を持ち上げたり、強いバルサルバ動作などの「息み」を行なうと、頭に血が上って脳圧が上がります。そうすると前庭水管を通じてその圧力が内耳に伝わり、内耳圧が上昇します。

図1.耳の前断頭(平行聴覚器)

外リンパ瘻とは?

耳ぬき不良が起きたときに、無理な耳ぬきをしたり、ちゃんと抜けていないのに潜り続けたりすることによって、いずれかの内耳窓の薄い骨の膜にヒビが入ったり、破れてしまって外リンパ液が漏れ出してしまいます。そうすると、耳鳴り、回転性めまい、難聴といった症状が起きてしまいます。ひどい場合には、水中で激しい回転性めまいに陥って、パニックになって急浮上したり、めまいのために嘔吐して、その嘔吐物がレギュレーターの排気弁に引っかかって、吸気時に海水を吸引することになり、溺れてしまうことがあります。

ごく希ながら、この外リンパ瘻で死亡してしまったという海外での報告があります。日本では滅多にダイビング事故で解剖をやらない上、内耳まで分析できる解剖学の医者はいないためか、外リンパ瘻での死亡例報告はありません。どのような原因であっても、ダイバーの事故のほとんどが溺死扱いになってしまうのが日本の現状です。無事に海面まで出れば命に関わることはないのですが、激しい回転性めまいのために海面方向がわからず、大事故に繫がるのです。

死亡事故には至らない場合でも、ダイビング直後からの難聴、耳鳴り、ふらつき感などを感じる人もいますが、ほとんどの人は軽く「耳がつまった状態」程度の症状で、前号の中耳気圧外傷との症状の差はありません。ひどくなってくると、耳鳴りとめまいが出てきます。軽症の場合には、放置すれば治りますが、ひどい難聴の場合には、2週間以内に手術を受けないと、耳鳴り、難聴、めまいが一生の後遺症になります。

外リンパ瘻の問題点

もともと内耳窓が弱いのか、それとも一度外リンパ瘻をやると内耳窓が癖になって何度も破れるのかわかりませんが、外リンパ瘻は一度なってしまうと、何度でもなってしまうようになります。最後は後遺症か死亡事故に至るケースとなるため、そういった理由から、世界的な潜水適正基準であるRSTCと、それを基に作られた日本の潜水適正ガイドラインの「メディカルチェック・ガイドライン」においては、一度外リンパ瘻に罹ったことがある人は、たとえ治っても、その後の潜水は「生涯あまり望ましくない状態」になってしまい、それが問題なのです。

外リンパ瘻になりやすい人とは?

当院の過去15年間の統計では、耳ぬき不良で受診したダイバー約7000人のうち、すでに外リンパ瘻になってから受診している人が、8.4%もいるのです。外リンパ瘻にならないうちに、耳ぬき不良を感じたらすぐに潜水を中止して受診すれば、この様なことにならなかったのです。

外リンパ瘻になったダイバーのかなりの人に共通していることは、耳ぬきが抜けづらいけれど抜けている状態で、時間をかけながら潜降し、ごまかしごまかしこれまで潜り続けていた人が、とうとうなってしまうということです。まったく耳ぬきができない人は、水深2mも潜らないうちに、耳の激痛でダイビングを中止します。また、よく抜けている人で、外リンパ瘻になる人はあまりいません。ですから、軽症の耳ぬき不良の人ほど危険なのです。 

いつもダイビング後数日間に、耳に水が入ったような感覚になる人は、前回お話しした中耳気圧外傷の人で、これを繰り返すうちに、とうとう外リンパ瘻になるのです。あるいは、ごく軽症の外リンパ瘻を繰り返していて自然治癒し、それを続けていてとうとう重症の外リンパ瘻になる人もいます。

外リンパ瘻の発生機序

水中などの高気圧環境下で起きる外リンパ瘻の発生機序は、マウスを使った動物実験で解明されています。ちょっと難しいのですが、解説してみますので、解剖の図(図1)を見ながら読んでみてください。

原因には、3つの因子が関わります。まず第一に、耳ぬき不良が起きると、強く息むバルサルバ動作をしがちです。そうすると脳圧が上がってしまい、その圧力は前庭水管を通じて蝸牛に伝わり、その結果、正円窓と卵円窓は中耳腔側に飛び出してきます。

第二に、実験として音を伝える耳小骨を除去してしまい、その後に耳ぬき不良の状態を作って中耳腔を陰圧にすると、鼓膜、正円窓、卵円窓は中耳腔側に引っ張られます。

第三に、耳小骨がある状態で耳ぬき不良を起こさせると、鼓膜が強く中耳腔側にへこみます。すると、耳小骨の動きによってアブミ骨が卵円窓を強く押しつける力が働きます。その結果、蝸牛内の圧が高まって、正円窓が中耳腔側に飛び出してきます。

これら脳圧亢進、中耳腔陰圧、アブミ骨による卵円窓圧迫の3つの力は、全て正円窓に集中してしまい、正円窓が破裂するのです。そこから外リンパ液が漏れ出して、蝸牛や三半規管の中に空気が入ってしまい、耳鳴り、難聴、めまいという内耳症状が起きるのです。時に、何かの拍子で卵円窓が破れる外リンパ瘻も起きることがありますが、ダイバーの場合には多くが正円窓破裂です。

不適切な耳ぬき方法も危険因子

実際に耳ぬきは間違いなくよくできている人で、外リンパ瘻になってしまう人が希にいます。それは一気に、そして強く圧力をかけるバルサルバ法の人です。必要な圧力の数倍も思いっきり強く、そして一気に勢いをかけると危険なのです。かといって、バルサルバ法は入門的な一番習得しやすい耳ぬきなので、適切なバルサルバ法であれば推奨される耳ぬき法です。

また、バルサルバ法を知らない人、あるいは嚥下法のほうが耳に負担がなくてより良い耳ぬきと勘違いしている人がいて、その結果、外リンパ瘻になる人もいます。嚥下法は生まれもったものであり、向き不向きがあるのです。

そのほかに、自分はオートマチックで抜けていると思っていたが、実は十分に抜けていないために外リンパ瘻になった人がいたり、インストラクターがCカード講習の際に、嚥下法だけを強要したというケースもありました。適切なバルサルバ法の訓練や治療については、第6回目の連載で詳しくお話しする予定です。

外リンパ瘻と内耳型減圧症との鑑別

外リンパ瘻に似た潜水障害として、内耳型減圧症があります。内耳を栄養する内耳動脈という血管が窒素気泡でつまってしまい、外リンパ瘻と同じ耳鳴り、難聴、めまいといった内耳症状が起きます。細かな症状や発症のタイミングなどが異なりますので、そのほとんどが、発症状況をよく聞くことで区別できることが多いのですが、鑑別することが難しいことが時々あります。

外リンパ瘻は、高音障害の難聴と耳鳴りの人が多く、水中またはエグジット直後から症状が出ます。一方、内耳型減圧症ではめまい型が多く、エグジットしてから1時間以上経過してから発症し、脱水や深い潜水などの減圧症のリスクがあった人がほとんどです。これらの鑑別を表にして示しておきます(表1)。

表1.外リンパ瘻と内耳型減圧症と識別

潜水で突発性難聴は起きない!

これら外リンパ瘻と内耳型減圧症を合わせて、内耳潜水障害と呼びます。ところが、これらの病名を知らない耳鼻科医がほとんどです。ですので、ダイビング後から起きた耳鳴り、難聴、めまいといった内耳症状を診察すると、自分が知っている病名である突発性難聴と診断してしまい、適切な治療が行なわれずに後遺症になってしまうことがよくあるのです。

突発性難聴とは「一生のうちに1回だけ、片耳に起こる原因不明の難聴」という定義ですが、ダイビングが原因なのですから、違うのです。突発性難聴ではステロイドの治療を行なうのですが、内耳潜水障害ではステロイドの効果はあまりありません。どちらの潜水障害も軽症ならば自然治癒しますが、中等症以上の場合にはそれぞれ専門の治療が必要です。外リンパ瘻であれば、難聴が軽症の場合には2週間程度経過観察して、治らなければ手術をします。重症であれば、すぐに手術を行なわないと、難聴の後遺症になります。

そして内耳型減圧症の治療は、もちろん高気圧酸素治療(いわゆるチャンバー)を1週間以内に受けることです。他の減圧症も同じですが、1週間を過ぎると治療効果が乏しく、後遺症になってしまうからです。ダイビングをした直後のタイミングで、偶然に突発性難聴になるという、そのような奇跡的な確率を考えるよりも、当たり前に起きるこれら2つの内耳潜水障害を考えなくてはならないのです。ダイビング後に、突発性難聴と診断されて、ステロイドの治療を受けて治らないということで当院を受診したダイバーが、これまでに時々いらっしゃいました。ですが、当院を受診する頃にはすでに手遅れなのです。

ダイビング後に突発性難聴と診断されたら、治療をお断りしてすぐに潜水に詳しい耳鼻科医を受診し直してください。

耳鼻咽喉科 医師
三保 仁先生

潜水歴32年、潜水本数約3,000本、講習実績200人以上のPADIマスターインストラクター。最近ではテクニカルダイビングを専門とし、トライミックスでの水深100m超え潜水、リブリーザーなども行なうが、もっぱらサイドマウントでのケーブダイビングを専門とする。これまでに診察したダイバーは7,000人以上。耳ぬき治療には定評がある。ダイバーおよび一般医師へ潜水医学を広報・普及させるために、各種学会、医学専門誌、ダイビング雑誌など多方面での講演や執筆活動に努めている。

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