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~スペシャル企画:海の環境を考える~
渋谷正信氏に聞く 脱炭素時代のダイバーの役割

第7回:洋上風力発電プロジェクト〜銚子

脱炭素時代のダイバーの役割

洋上風力発電のエコロジーデザイン、藻場再生プロジェクトの先駆者・渋谷正信氏に聞く新シリーズ第7回。舞台は千葉県の銚子。水揚げ量日本一の海で行われている洋上風力発電プロジェクトと持続可能な漁業の取り組みについて、プロ潜水士・渋谷さんの活動を2回に分けてお送りする。

銚子沖で動き出した洋上風力の一大プロジェクト

現在、私(渋谷正信氏、以下同)が通っているうちの1カ所に千葉県の銚子があります。この海域は親潮と黒潮がぶつかり、複雑な波を作り出し、常に太平洋のうねりが入る海です。正直、潜水での作業は苦闘しています。先日などはうねりが収まったと思ったので、水深12mで作業を行ったのですが、太平洋の底うねりが入って、体は振り回され、かつ海底の砂が舞い上がってくる最悪のコンディションでした。そんな中で、洋上風車が立つ予定海域の調査を進めています。

生物や海藻も豊かな銚子の海を潜水調査中の渋谷氏(写真/(株)渋谷潜水工業)

生物や海藻も豊かな銚子の海を潜水調査中の渋谷氏(写真/(株)渋谷潜水工業)

銚子では、洋上風車が30基以上という大掛かりなプロジェクトが進行中です。2028年秋の電力商用開始を目標に、現在は様々な手続きや、事前の海底・海況調査が進められ、2027年には洋上風車の建設工事が着工される予定です。この連載(第3〜5回)で紹介した五島で稼働中の大水深の浮体式洋上風車とは違い、遠浅の海が広範囲に広がる銚子には、着底式洋上風車の建設が予定されています。およそ4000ヘクタールの海域で、水深12mから20mの海に高さ約250mの風車を30基以上設置する大型プロジェクトです。最大出力は約39万kW(1.26万kW×31基)で、これは原発一基の4割に当たり、約28万世帯もの家庭の年間電力をまかなえるそうです。

銚子・犬吠埼の海。親潮と黒潮が混じり合う貴重な海だ(写真/(株)渋谷潜水工業)

銚子・犬吠埼の海。親潮と黒潮が混じり合う貴重な海だ(写真/(株)渋谷潜水工業)

私は昨年の春から、環境を壊すことなく、漁業と共生できる洋上風車を建てるにはどんなデザインにするのか、どのような水中工事を行っていくのかを考察するため、銚子の海の実態調査を行っています。具体的には、漁業資源、生物の環境、潮流や波浪、海底地形などの実態を調査し、こういう海域に風車を建てる場合、漁業と共生するには、どのようなデザインが適しているか、どういった工夫が必要なのかなど、3年ほどかけて共生案と実行案を創出する予定になっています。

健康な海で洋上風力ができることは?

大型の海藻・アラメとオオバモクの大群落(写真/(株)渋谷潜水工業)

大型の海藻・アラメとオオバモクの大群落(写真/(株)渋谷潜水工業)

日本の海は全国的に磯焼けで困っているところが多いのですが、銚子の海の健康状態は非常に良いのです。銚子沖は親潮と黒潮がぶつかり、水温が低く抑えられ、プランクトンも豊富です。又、適度に荒れるため、その攪拌(かくはん)作用もあるようで、海藻もよく育っています。海藻を食べる藻食魚はまだあまり見当たらず、磯焼けで問題になっているウニも少なく、日本沿岸では珍しく健康的な海です。この健康的な海をさらに豊かにする洋上風力に仕上げることで、洋上風力と漁業が共生する良い事例ができると思っています。
先日、プロジェクトを進める三菱商事さん主催の座談会があり、銚子市漁業協同組合(以下、漁協)の青年部の方々と話をしたのですが、そこでも頼もしい話が聞けました。

洋上風車の基礎に集まるメバルの群れ。銚子の海の中では、季節によって様々な生物の大群が見られる。(写真/(株)渋谷潜水工業)

洋上風車の基礎に集まるメバルの群れ。銚子の海の中では、季節によって様々な生物の大群が見られる。(写真/(株)渋谷潜水工業)

銚子は、11年連続水揚げ日本一の海です。しかし、銚子の漁師さんは今の漁が良いからといって安心はしていない。今は捕れている魚も、地球温暖化や黒潮の大蛇行といった環境の変化で、いつ、ぱたっと捕れなくなるかもしれない、それが不安だといいます。そこで、洋上風車が立つのを機に、新しい漁業資源を見込めないだろうかという期待をしているのです。漁獲高ナンバーワンの現状にあぐらをかくことなく、今まで手掛けていなかったナマコやイセエビ、アワビ、岩ガキなど、新たな水産物を漁獲品目に加え、さらなる安定を計りたいというわけです。洋上風力の設置を活用して漁獲量や品目に幅をもたせていくという、一歩先をいく話。そのためにも漁業資源が豊かになる洋上風車の水中デザインとその運用方法を創り出していく必要があります。

銚子で洋上風力の話が持ち上がった際、漁協にいろいろな業者から漁業共生案の話がきたそうです。しかし、はたしてそれが本当に銚子の海に良いものなのか判断つきかねる、ということで私に相談があったのです。日本一の漁獲高で市場が3つもある漁協ですから、まさに大会社です。漁業共生デザインで漁獲品目が増えるかを期待され、全て一任されているわけですから、責任は重大。正直逃げ出したいと思うこともありますが、海への恩返しという気持ちを胸に秘めて取り組んでいるところです。

漁獲高ナンバーワンをいく銚子の漁の自主ルール

以前、欧州のオークニー諸島で漁師さんに話を聞いた“漁業者自ら漁業資源をとりすぎないように自主規制”している例がありましたが、銚子の海でも漁協で取り決めた自主規制が守られ、持続可能な漁業が行われているようです。
例えば銚子では、キンメダイ漁が盛んですが、漁ができるのは「日の出から3時間以内」だけで、仕掛けの糸につける針の数は糸1本につき60本以内、潮が速いときは漁を打ち止めにするといった取り決めもあるそうです。夜中に数時間かけて漁場に行っても、何も捕らずに帰る場合もあるというのです。このように、組合の皆さんが自主ルールを守ってきたことで、海の健康が守られ、漁獲高ナンバーワンの記録を更新できているのかもしれません。

銚子の海中では大型の海藻、アラメやオオバモクがあちこちで見られる(写真/(株)渋谷潜水工業)

銚子の海中では大型の海藻、アラメやオオバモクがあちこちで見られる(写真/(株)渋谷潜水工業)

(銚子の海とプロジェクトの話は次回に続きます)

≫シリーズ過去記事はこちら
第1回:脱炭素時代のダイバーの役割
第2回:北海道の藻場再生/欧州の洋上風力発電事情
第3回:日本の洋上風力発電~長崎県 その①
第4回:日本の洋上風力発電~長崎県 その②
第5回:日本の洋上風力発電~長崎県 その③
第6回:海洋環境ビジネスで活躍する潜水士

プロ潜水士・渋谷正信profile

SDI渋谷潜水グループ代表

(株)渋谷潜水工業代表取締役
一般社団法人「海洋エネルギー漁業共生センター」理事

1949年、北海道釧路市近郊、白糠町生まれ。
1974年、海洋開発技術学校深海潜水科に入学。
卒業後、プロ潜水士として40年以上、国内外で海洋工事に従事。
1980年、渋谷潜水工業設立。
プロ潜水士の傍ら、海と調和するエコデザインの先駆者として調査や講演、セミナーを多数こなし、「海藻の森づくり」プロジェクトを進行中。水中塾を主催し、地域の海再生を目的とした交流活動や野生イルカと調和するハートフルスイムを提唱。1991年に湾岸戦争でオイル漏れの起きたペルシャ湾を潜って水中を撮影し、これをきっかけにメディアに登場。1995年、阪神淡路大震災の被災地でボランディアや神戸港の復旧作業工事に携わる。東日本大震災でもガレキ撤去、環境調査、復旧工事で活躍。
●主な書著:海のいのちを守る(春秋社)、地域や漁業と共存する洋上風力発電づくり(KKロングセラーズ)他
●テレビ出演:毎日放送「情熱大陸」(2008年)、夢の扉(2009年)、NHKプロフェッショナル仕事の流儀(2012年)

渋谷正信

Photo 佐々木たかすみ

(聞き手/西川重子)