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~スペシャル企画:海の環境を考える~
渋谷正信氏に聞く 脱炭素時代のダイバーの役割

第8回:洋上風力発電プロジェクト〜銚子2

脱炭素時代のダイバーの役割

洋上風力発電のエコロジーデザイン、藻場再生プロジェクトの先駆者・渋谷正信氏に聞く新シリーズ第8回。前回に続き、千葉県銚子沖で行われている洋上風力発電計画と漁業との関わりをプロ潜水士・渋谷さんにお聞きします。

洋上風力発電で使われる風車のタイプ

昨年来、全国で洋上風力発電のプロジェクトが続々とスタートしています。今回は水深や地盤の性質などによって選ばれる洋上風車の基礎部のタイプについて少し話してみます。発電用の洋上風車には、大まかに浮体式と着底式のタイプがあります。浮体式は文字通り、水中に浮いている風車基礎部を海底のアンカーにチェーンで係留するタイプ。沖に出ると水深が急に深くなる日本の海では浮体式が主流と言われていて、目安としては水深50m以深の海で使われています。
一方、着底式洋上風車は比較的浅い海に適しています。基礎部分は地形や地盤によって選ばれ、水深10m~30m程度で海底が砂地盤の海域では1本杭を海底に打ち込むモノパイルという構造。地盤が頑強なら、重力式といってコンクリート製の構造物を海底に設置する方法などが取られます。あるいは地盤がやや軟弱だったり、地盤に傾斜があったりする場所は着底式のジャケット構造というタイプが検討されます。

洋上風車の主な種類。マリンダイビングフェア2023にも4タイプが模型で展示された。

洋上風車の主な種類。マリンダイビングフェア2023にも4タイプが模型で展示された。

水揚げナンバーワンの海の漁場調査

前回から話している銚子の海は、遠浅の海が広がり、岩盤がしっかりしているため、着底式の洋上風車の設置が予定されています。洋上風車で作られた電力は海底ケーブルを伝って陸へ届けられます。約4000ヘクタールの海域内に1㎞おきに31基を設置する計画です。最大40万キロワットの発電が見込まれ、これはおよそ28万世帯の家庭の電力をまかなえる試算になります。千葉県の銚子は、人口が集中する首都圏に電力を送ることができるということもあって注目されているプロジェクトです。2028年秋の運転を目指し、2025年には送電線など陸上の工事が、2027年からは洋上工事が始まる予定です。

豊かな漁場が広がる銚子の沿岸部を調査(写真/(株)渋谷潜水工業)

豊かな漁場が広がる銚子の沿岸部を調査(写真/(株)渋谷潜水工業)

その銚子で漁場実態調査、環境影響評価、海底地盤の調査、風況の分析などを開始しています。私(渋谷正信、以下同)は、銚子漁協さんと共に建設前の漁場の実態調査を行っています。風車を建てる沿岸部の遠浅の海域、いわゆる灘(なだ)の漁業資源環境や生態系調査を詳細に行っています。2022年春から君ヶ浜(きみがはま)や海鹿島(あしかじま)など、およそ30カ所を調査してきました。磯焼けが進む日本沿岸ですが、銚子の海には元気な藻場が広がっています。海藻を食べる魚や生物の姿も今のところ見られません。銚子の海は親潮と黒潮がぶつかり、水温が低く、荒れる日も多いためダイバーには厳しいコンディションですが、海の健康状態は良好。キンメダイやヒラメ、カレイなど200種類もの魚介類が水揚げされる日本一の漁場です。さらに未来を見据えた漁業者の皆さんが漁の自主規制を行うことで漁業資源の健康度を保ち、水揚げ日本一を10年以上維持してきました(連載7参照)。

荒れやすい銚子の海の浅場で行われている藻場調査の模様(写真/(株)渋谷潜水工業)

荒れやすい銚子の海の浅場で行われている藻場調査の模様(写真/(株)渋谷潜水工業)

水中ロボットを使い、沖合のキンメダイも調査

洋上風力の調査では、必ず地元の漁協さんと話し合い、意見を交換しながら進めています。銚子では漁場調査の一環として50km沖合のキンメダイの漁場調査も依頼されています。水深200m以深に生息する銚子のキンメダイは、立て縄という一本釣り漁法で釣り上げるそうです。「銚子つりきんめ」という高級ブランドで全国的に人気です。
正直、水深200〜300mの広大な海域で水中ロボットを使ったキンメダイの生態調査は宝探しのようなもので、簡単ではありません。しかし洋上風車と漁業との共生を考えると洋上風車の海域に限らず、沖合を視野に入れるのも大事なことで、大切な調査だと思っています。あるいは洋上風車が建つことで灘の生物相がさらに豊かになれば、キンメダイだけに依存しない漁業スタイルも出てくるかもしれません。実際、漁協の若手の皆さんとの座談会では、銚子の実証実験で設置されている洋上風車の周辺ではヒラメがよく釣れるようになったと聞きます。漁協の皆さんがこれまで、自主規制を設けて大切に守ってきた漁場を、漁業実態調査でできる限り「見える化」し、期待に応えたいと思っています。

銚子は磯に藻場も見られ、健康状態がいい(写真/(株)渋谷潜水工業

銚子は磯に藻場も見られ、健康状態がいい(写真/(株)渋谷潜水工業

洋上風力発電が地域にもたらすもの

連載1〜3回でもお伝えした長崎県の五島は、海洋エネルギーで最先端をいく海です。洋上風力発電のプロジェクトが始まって以来、全国から多くの人々が視察に訪れるようになりました。さらに視察団や関連業社など、五島を訪れる交流人口が増えることで、観光業も活発になっています。洋上風力発電や、すでに実証試験が第一段階を終えた潮流発電のプロジェクトを発端に雇用が生まれ、移住者も増えてきています。長崎県五島市は海洋エネルギーでの産業創出を目指しているだけに、子どもたちへの教育にも熱心です。洋上風力の事業について小中学生や高校生にもわかりやすく伝える活動をしています。施設見学、水中ロボットや水中カメラの操作体験、実際に洋上風車の小型模型を作るワークショップなども行っています。こうした活動から将来、新事業を目指す人たちが現れるかもしれません。

地球の未来を担い、洋上にそびえ立つ発電用風車。(写真/(株)渋谷潜水工業)

地球の未来を担い、洋上にそびえ立つ発電用風車。(写真/(株)渋谷潜水工業)

≫シリーズ過去記事はこちら
第1回:脱炭素時代のダイバーの役割
第2回:北海道の藻場再生/欧州の洋上風力発電事情
第3回:日本の洋上風力発電~長崎県 その①
第4回:日本の洋上風力発電~長崎県 その②
第5回:日本の洋上風力発電~長崎県 その③
第6回:海洋環境ビジネスで活躍する潜水士
第7回:洋上風力発電プロジェクト〜銚子

プロ潜水士・渋谷正信profile

SDI渋谷潜水グループ代表

(株)渋谷潜水工業代表取締役
一般社団法人「海洋エネルギー漁業共生センター」理事

1949年、北海道釧路市近郊、白糠町生まれ。
1974年、海洋開発技術学校深海潜水科に入学。
卒業後、プロ潜水士として40年以上、国内外で海洋工事に従事。
1980年、渋谷潜水工業設立。
プロ潜水士の傍ら、海と調和するエコデザインの先駆者として調査や講演、セミナーを多数こなし、「海藻の森づくり」プロジェクトを進行中。水中塾を主催し、地域の海再生を目的とした交流活動や野生イルカと調和するハートフルスイムを提唱。1991年に湾岸戦争でオイル漏れの起きたペルシャ湾を潜って水中を撮影し、これをきっかけにメディアに登場。1995年、阪神淡路大震災の被災地でボランディアや神戸港の復旧作業工事に携わる。東日本大震災でもガレキ撤去、環境調査、復旧工事で活躍。
●主な書著:海のいのちを守る(春秋社)、地域や漁業と共存する洋上風力発電づくり(KKロングセラーズ)他
●テレビ出演:毎日放送「情熱大陸」(2008年)、夢の扉(2009年)、NHKプロフェッショナル仕事の流儀(2012年)

渋谷正信

Photo 佐々木たかすみ

(聞き手/西川重子)