年間110万人が訪れるダイビング情報サイト

【連載コラム】もっと知りたいダイビング医学
第5回 
潜水事故防止への取り組み
-減圧症だけ気をつければ十分?-

もっと知りたいダイビング医学

前回まで3回にわたって減圧症について解説しました。減圧症はダイバーの重大関心事のひとつであり、潜水医学に関わる多くの方々の研究対象でもあります。減圧症に関する論文は多く、3回で説明できなかったことは多々あります。しかし、ここで話題を変え、ダイバーが遭遇する事故と、その減少のためには何が必要か考えてみます。

文責/小島泰史(東京医科歯科大学高気圧治療部、東京海上日動メディカルサービス)

潜水事故は減圧症だけなのか?

結論から言うと、我々ダイバーが遭遇する潜水事故は、減圧症だけではありません。自身の24年の潜水歴を振り返ると、幸い減圧症の罹患はありませんが、エキジット時にラダーと衝突して下顎部をざっくり切るケガ、ラダーから落ちた際に膝の靭帯を切って3ヶ月ほど装具生活をした経験があります。
統計的には、どのような事故が多く発生しているのでしょうか。

減圧症以外の潜水事故、外傷(ケガ)にも注意!

以前、筆者は2010~2014年のDAN Japan会員の潜水事故による保険請求件数を調査しました。1)表1が調査結果の一部となります。それによれば、321件の潜水事故中、減圧障害は109件(34%)と大きな割合を占めました。しかし、それ以上に多かったのは、外傷(ケガ)で、113件(35%)でした。その頻度は会員1万人あたり、全体で年間39.8件、外傷(ケガ)で年間14.0件でした。

113件の外傷(ケガ)の内訳では、骨折・脱臼といった比較的重傷のものが43件(38%)と最多でした。ここからは、ダイバーは減圧症と同様の頻度で外傷(ケガ)にも遭遇していることがわかります。なお、表1の潜水特有の傷害の中で減圧障害の次に多かったのは圧外傷ですが、その多くは耳抜きに関連する中耳の傷害でした。

表1 2010~2014年のDAN Japan会員の潜水事故による保険請求件数(文献1のTable 1,2より著者作成)

表1

同様の報告は少ないですが、Nakayamaは1996年から2001年にかけ、静岡県大瀬崎で延べ3078名のダイバー(潜水歴は平均5年間)に、潜水事故の既往についてアンケート調査を行ないました。2)
最も経験が多かったのは窒素酔いで373件(12.1%)、次に耳圧外傷を330件(10.7%)、副鼻腔圧外傷を172件(5.6%)、減圧症の既往を60件(1.9%)に認めました(表2)。上記4つのいずれかを経験したことのあるダイバーは711人(23.1%)でした。同報告からは、減圧症以外の事故の経験が多いことがわかります。残念ながら、Nakayamaは外傷(ケガ)の調査は行なっていません。

表2 1996年から2001年にかけて、大瀬崎で延べ3078名(平均潜水歴5.0年)のダイバーへのアンケート調査結果(文献2のTable 2より著者作成)

経験したことのある潜水事故 件数(頻度)
窒素酔い 373(12.1%)
耳圧外傷 330(10.7%)
副鼻腔圧外傷 172(5.6%)
減圧症 60(1.9%)

ここで、著者とNakayamaの報告を比較すると(表3)、事故の頻度は著者が2.0%であり、外傷(ケガ)を含まないNakamuraの30.3%より、かなり少ないことがわかります。また、著者の報告では減圧障害>圧外傷ですが、Nakayamaは減圧症より圧外傷が圧倒的に多いことがわかります。その理由として、耳、副鼻腔の圧外傷の発生頻度は高いものの、軽症例が多いために、全例が医療機関を受診していない、あるいは保険請求をしていないことが考えられます。

表3 著者とNakayamaの報告の比較

潜水事故の頻度

著者:1年間に1万人あたり39.8件であり、5年間では
39.8×5=199件/1万人=2.0%

Nakayama:平均5年間の潜水歴で窒素酔い12.1%、耳圧外傷10.7%、副鼻腔圧外傷5.6%、減圧症1.9%の計30.3%

潜水事故の内訳

著者:減圧障害109件、圧外傷39件

Nakayama:減圧症60件、圧外傷502件

海外における潜水事故報告

海外でも同様の報告があります。
2010~2011年に潜水歴のあるDAN America会員を対象としたアンケート調査によれば(回答数4859件)、100ダイブに3.02回の割合で潜水事故が発生していました。
多い順に、耳の傷害(20.1%)、頭痛(15.4%)、副鼻腔傷害(11.2%)、切創(9.0%)でした。このうち医療機関での治療を要したものは13.7%、さらにその中の5.7%が保険請求していました。一方で、減圧症では、1000ダイブに1.55回の割合で疑わしい症状が発生していましたが、実際に医療機関で減圧症として治療された症例は100,000ダイブに5.72回(25分の1以下)にとどまりました。3)

Hubbardは、ニュージーランドのTutukakaのダイビングセンターの記録から、2008~2014年に潜水事故が55回発生したこと、その中で再圧治療を要する減圧障害は4例(10,000ダイブに0.41回)にとどまり、潜水特有ではない傷害が35例(主に切創、軽傷の筋骨格損傷)であったと報告しています。4)

以上の研究論文をまとめると、潜水事故で多いのは耳に代表される圧外傷、外傷(ケガ)であり、減圧症は数としては圧倒的に少ないことがわかります。また、多くは軽傷ですが、医療機関への受診を要する/保険請求するような比較的重傷例(骨折、脱臼など)に限っても、減圧症と同じくらい、ないしはより多い数の外傷(ケガ)が起こっているようだ、となります。

以上、潜水にあたっては減圧症のみならず外傷(ケガ)の予防も重要であることが分かると思います。全てのダイバーが安全意識を持ち、危険回避やスキル向上を心がける必要性があると考えられます。

外傷(ケガ)を含めた潜水事故の予防活動、海外での取り組み(HIRA)

では、安全性向上のカギを握るダイビング事業者は、どのような活動が求められるのでしょうか。海外のDANでは、2018年8月に減圧症以外の潜水事故減少も目的とするダイビング事業者向け「HIRAプログラム」が始動しています。5)当時DAN Southern Africa代表のBurman博士が開発したプログラムで、Hazard Identification and Risk Assessment(危険物の同定とリスク評価)の略語です。

このプログラムの特長は、今までの「潜水の安全」が水中を中心として捉えられているのに対し、例えばシリンダー内の汚染や施設内の環境整備、ゲストやスタッフの健康といった、包括的な潜水の安全性向上にも着目している点です。チェックリストを共有することで、ダイビング業者が、安全に対する「気づき」や「共通認識」を持つことが可能となります。

具体的には、まず潜水現場における危険物を特定し、リスク評価(表4)し、重要性(危険性)の高いものから、即ちリスクスコアの高いものからリスクの緩和(リスク対策)を行います。

例えば、ボートダイビングのリスク評価をするとします。様々なリスクが存在しますが、その重要性(リスクレベル)は必ずしも同じではありません。重症減圧症発生を含む重大事故時やエンジン故障の際の緊急行動計画作成は、発生頻度は低いものの重大な結果を伴うため、最も高い優先順位となります。一方、ラダーでの指挟み事故などは、より頻度は高いものの命に関わる可能性は低いため、優先順位は中程度に設定されています。このリスク評価をもとに、優先順位の高いリスクから対策を行います。一度に全て対応するのは困難なため、一定期間で再度評価を行い、徐々に優先順位の低いリスクまで対応するという手法を用います。

表4 HIRAにおけるリスク評価法(文献6より著者作成)

スコアリング

蓋然性 イベントが起こる頻度

① unlikely ② unusual ③ possible ④ expected ⑤ definite

曝露 危険物に接触する頻度

① rare(<1/yr) ② unusual(~1/mo) ③ occasional(~1/wk) ④ frequent(~1/d) ⑤ continuous

結果 結末の重大性

① noticeable ② significant ③ serious ④ severe ⑤ catastrophic

リスク=蓋然性×暴露×結果

リスクスコア リスクレベル
≧100 5:Very high
60~99 4:High
20~59 3:Medium
10~19 2:Low
≦9 1:Very low

HIRAプログラムは3つのレベルで構成され、1と2はオンラインで実施可能な自己評価プログラムです。オンラインプログラムは現在8言語に翻訳され、2019年9月末の時点で829もの事業者が実施済です。6)
レベル3は特別な訓練を受けたDiving Safety Officer(安全潜水指導員/DSO)が実際にダイブセンターを訪れ、事業者と潜水現場を見ながら、問題点の提示、改善点の提案を行います。全世界で30人のDSOにより、DAN Japanエリアを除く世界15カ国、89の施設で実施されました。6)
残念ながら日本でHIRAプログラムは未導入ですが、現地ダイビングセンターでも独自の取り組みを見つけることができます。7) また、日本人のDSOも一人存在し、HIRAのテキストであるRisk assessment guide for dive operators and dive professionals8)(図1)の貢献者の一人となっています。

図1 Risk assessment guide for dive operators and dive professionals

図1

最後に

潜水事故には、減圧症のように潜水固有のものから、外傷(ケガ)などの様々なものがあります。各ダイバーのスキルや安全意識の向上だけではなく、ダイビング事業者も共に安全への取り組みをすることで、事故発生を未然に防ぐことができる可能性があると考えられます。
安全への対策は、まずリスクの認識と評価が必要です。著者は、現地ダイビングサービス間で情報共有が行なわれ、必要に応じてDSOとも協力しながら、このような取り組みが各地に広がり、潜水がより安全な活動となることを期待しています。

謝辞

HIRAの項目について、元DAN Japan事務局長、現ULTRAmarine Lab代表であり、日本における唯一のDSOである小島 朗子氏に監修いただきました。この場をお借りして深く感謝申し上げます。

参考文献

小島泰史先生プロフィール

小島 泰史 (コジマ ヤスシ)

小島 泰史
(コジマ ヤスシ)

1997年にダイビングを始め、その後東京医科歯科大高気圧治療部で潜水医学を学び、専門医を取得。現在は同大学の高気圧治療部非常勤講師として、潜水障害患者の診療を行っている。専門である整形外科の知識を活かし、損害保険会社の顧問医として、医療事故などに関する医療コンサルを行っており、リスクに関する造詣も深い。元DAN Japan Medical Officer。現在、日本高気圧環境・潜水医学会において理事、広報委員会委員長、国際情報委員会委員長を務めている。UHMS、SPUMS、日本渡航医学会他、多数の学会に所属。
日本整形外科学会認定整形外科専門医。日本手外科学会認定手外科専門医。日本医師会認定産業医。日本高気圧環境・潜水医学会認定高気圧医学専門医。