年間125万人が訪れるダイビング情報サイト

~スペシャル企画:海の環境を考える~
渋谷正信氏に聞く 脱炭素時代のダイバーの役割

第9回:潮流発電の実証フィールド〜長崎県

脱炭素時代のダイバーの役割

洋上風力発電のエコロジーデザイン、藻場再生プロジェクトの先駆者・渋谷正信氏に聞く新シリーズ第9回。長崎県五島市で実証実験に成功した潮流発電について、プロ潜水士・渋谷さんにお聞きします。

潮の流れを利用した発電とは

日本各所で洋上風力発電の調査や実証試験、施工が急ピッチに進められています。私(渋谷正信氏、以下同)も水中の環境調査や漁業の実態調査、そして洋上風力づくりのエコロジカルデザインについての講演で、全国を飛び回っています。海洋エネルギー発電と言えば、洋上風力発電だと思いますが、まだ一般にあまり知られていないのが潮流発電です。潮流は月と太陽の引力という周期的な自然現象で起きます。その潮の流れが天候に影響されることなく確実に電力を起こしてくれるのです。そのことから、海洋エネルギーの中でも発電量を予測できるのが魅力だと言われています。また発電機(デバイス)は海中に設置するので景観を損なわないというメリットもあります。潮流発電には毎秒1m以上の潮流が必要で、発電機は主に水道や海峡など、潮流が速い海域に設置されます。潮の干満で起きる水平方向の潮流をプロペラ(ブレード)で受け、それをタービン(回転式電動機)で変換した電力を、海底ケーブルを通して陸に届けるのです。

イラスト/海洋エネルギー漁業共生センター

イラスト/海洋エネルギー漁業共生センター

潮流発電に適した五島の海

以前、この連載でも紹介したように、国内で海洋エネルギーの研究や実証実験で最先端をいくのは長崎県です。潮流発電についても日本で最初に環境省事業として実証実験が行われたのは長崎県五島市奈留島の瀬戸でした。長崎県五島市には、奈留瀬戸の他にも、田ノ浦瀬戸や早崎瀬戸など、合わせて6カ所の潮流発電の適地候補があり、潮流発電の実証フィールドとしても最適なのです。最初の実証フィールドとなった奈留瀬戸では、事前調査では大潮の上げ潮時に秒速3m以上の流速が観測され、2014年には環境省の技術実用化推進事業の実施予定地に選ばれていました。

奈留瀬戸に潮流発電機を設置する船舶(写真/海洋エネルギー・漁業共生センター)

奈留瀬戸に潮流発電機を設置する船舶(写真/海洋エネルギー・漁業共生センター)

奈留瀬戸の海中で漁業資源調査

私は、海洋構造物が海の生態系にどのような影響を与えているのかだけでなく、更に進化させた生態系や漁業を豊かにする海洋構造物づくりをめざしてきました。そのために海中の様子を記録し、調査することはライフワークになっています。このプロジェクトでも潮流発電機の設置前から設置後、1年にわたって月1回のペースで潜水調査を続けました。水深40mほどに設置された発電機の周辺では、当初からメジナやスズメダイ・イシダイ・カサゴ・キンチャクダイやコロダイなどの魚種が見られましたが、数カ月も経つと、発電機のプロペラや支柱部分などには徐々に腔腸類など付着物が目立ち始め、それが増えるにつれて魚種や魚数が増えたのです。11カ月後にはイシダイやメジナ・ニザダイなどの群れが蝟集(いしゅう)し、アオブダイ・アカハタやクエなど大型種も見られる魚礁化が確認できました。このことから洋上風車だけでなく潮流発電機についても、強潮流域での潜水方法の工夫と継続的な調査を実践することで、海洋生物への好影響が出ることを発見できました。

海中の発電機に付着物が増えるにつれ、魚種も増えていった(写真/海洋エネルギー・漁業共生センター)

海中の発電機に付着物が増えるにつれ、魚種も増えていった(写真/海洋エネルギー・漁業共生センター)

日本初、潮流発電の実証実験

2021年1月23日深夜、五島列島の奈留島と久賀島に挟まれた潮流の速い奈留瀬戸の水深約40mの海底に、高さ約23m、重さ約1000トン、そしてプロペラ(ブレード)の長さが約8m、の潮流発電機が設置されました。発電機は英国製で、発電量は500kW。一般家庭200世帯分の電力に相当します。この潮流発電機には、事前公募の中から地元の中学生が考案した「なるミライ」という名前が付けられました。潮流でつくられた電力は、全長約2㎞の海底ケーブルを通って陸へ送られます。設置後3カ月間に一般家庭360世帯の1カ月分の使用量に相当する8万kWを出力し、2021年5月には使用前検査に合格。奈留瀬戸での4年にわたる実証プロジェクトが終了し、新たに発電規模500kWから1000kWに改造された大型の発電機が使用されることに。今は、2024年の実証開始を目指し、2023年中にデバイスを海中に設置する予定です。私たちは引き続きプロジェクトの調査や施工などに携わりますが、海の潮流という天然資源エネルギーが我々に必要な電力エネルギーを生み出してくれることに感謝すると共に、海の生態系にも好循環となる潮流発電の実例となるよう尽力したいと思っています。

日本の潮流発電の未来を担う「なるミライ」(出典:九電みらいエナジー)

日本の潮流発電の未来を担う「なるミライ」(出典:九電みらいエナジー)

≫シリーズ過去記事はこちら
第1回:脱炭素時代のダイバーの役割
第2回:北海道の藻場再生/欧州の洋上風力発電事情
第3回:日本の洋上風力発電~長崎県 その①
第4回:日本の洋上風力発電~長崎県 その②
第5回:日本の洋上風力発電~長崎県 その③
第6回:海洋環境ビジネスで活躍する潜水士
第7回:洋上風力発電プロジェクト〜銚子
第8回:洋上風力発電プロジェクト〜銚子2

プロ潜水士・渋谷正信profile

SDI渋谷潜水グループ代表

(株)渋谷潜水工業代表取締役
一般社団法人「海洋エネルギー漁業共生センター」理事

1949年、北海道釧路市近郊、白糠町生まれ。
1974年、海洋開発技術学校深海潜水科に入学。
卒業後、プロ潜水士として40年以上、国内外で海洋工事に従事。
1980年、渋谷潜水工業設立。
プロ潜水士の傍ら、海と調和するエコデザインの先駆者として調査や講演、セミナーを多数こなし、「海藻の森づくり」プロジェクトを進行中。水中塾を主催し、地域の海再生を目的とした交流活動や野生イルカと調和するハートフルスイムを提唱。1991年に湾岸戦争でオイル漏れの起きたペルシャ湾を潜って水中を撮影し、これをきっかけにメディアに登場。1995年、阪神淡路大震災の被災地でボランディアや神戸港の復旧作業工事に携わる。東日本大震災でもガレキ撤去、環境調査、復旧工事で活躍。
●主な書著:海のいのちを守る(春秋社)、地域や漁業と共存する洋上風力発電づくり(KKロングセラーズ)他
●テレビ出演:毎日放送「情熱大陸」(2008年)、夢の扉(2009年)、NHKプロフェッショナル仕事の流儀(2012年)

渋谷正信

Photo 佐々木たかすみ

(聞き手/西川重子)