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~スペシャル企画:海の環境を考える~
渋谷正信氏に聞く 脱炭素時代のダイバーの役割

第10回:脱炭素時代のダイバーとは~その①~

脱炭素時代のダイバーの役割

洋上風力発電のエコロジーデザインと藻場再生プロジェクトの先駆者・渋谷正信氏に聞くシリーズ第10回。海洋再生エネルギー時代に求められるプロ潜水士とは? 2回にわたってお届けします。

プロ潜水士に必要な資質とは?

プロ潜水士の仕事というと、防波堤や護岸工事など、水中での土木作業のイメージだと思います。しかし、これからの時代、潜水作業しかやらないダイバーの仕事は自ずと狭まっていくでしょう。潜水作業以外のプラスアルファの知識や技術を提供できることが求められています。潜水士の仕事はひとつの仕事だけでなく二刀流、三刀流が当たり前になる時代にきているようです。私(以下、渋谷正信氏)の会社、渋谷潜水工業では、そのようなこれからの時代を担うプロ潜水士を目指せるよう、働きながら学んでもらっています。
潜水士には基本的に体力は必要ですが、人一倍タフでなければならないわけではありません。例えば今、うち(以下、渋谷潜水工業)には、国立大学の大学院を出たスタッフもいて、最初はなんとなくヨロヨロ頼りない印象でしたが、一年も現場に出るうちに徐々に仕事をこなせるようになりました。体力は仕事をしているうちに自然に身に付いてくるのではないでしょうか。

プロ潜水士のトレーニング内容は多岐にわたる(写真/(株)渋谷潜水工業)

プロ潜水士のトレーニング内容は多岐にわたる(写真/(株)渋谷潜水工業)

今は健康志向の時代です。昔のように作業を終えたらみんなで酒を飲んで終わるのではなく、各自がきちんと体調管理をしなくてはなりません。現場には体調を整えていかないと作業能率も上がりませんし、クライアントとのやり取りもあるので二日酔いの顔で出ていくわけにはいきません。潜水の仕事をすることで自然に自分の健康を意識するようにもなるでしょう。うちには女性の潜水士もいます。今はハードな水中作業だけではなく、環境の調査や計測、水中ロボットなど仕事が多岐にわたっていますから、性別に関係なく、潜水士の仕事はやれると思います。体力任せにがむしゃらにやるのではなく、肩の力を抜き、効率を考えて作業するということも、仕事をするうち自然に身に付いていくと思います。

プロ潜水士に必要な資格とは?

国家試験の潜水士免許のほか、プロ潜水士として現場に出るには最初の段階でいくつかの資格が必要です。現場の仕事に必要なアーク溶接・溶断、ガス溶接作業、小型船舶操縦士免許、送気業務(ヘルメット潜水やフーカー潜水のように水中の潜水士に空気を送る際に必要な知識や技術)など、うちでは最低限の資格を取得してもらいます。そういった最低限の資格以外に、土木施工管理技士や測量士、クレーン運転士など、仕事の幅を広げるために自ら進んで資格をどんどん取得していくスタッフもいます。どの職業も同じだと思うのですが、資格や経験、会社への貢献度に応じて給料はランクアップしていきます。うちには20数種類持っているプロ潜水士もいます。

水中バックホウで作業する潜水士。プロには様々な資格が必要だ(写真/渋谷潜水工業)

水中バックホウで作業する潜水士。プロには様々な資格が必要だ(写真/渋谷潜水工業)

潜水作業プラスアルファーのスキル

水中での作業の他に、自分のやった仕事を撮影して記録し、パソコンを使って現場とオンラインでやり取りするスキルも必要です。撮影といっても、レジャーダイビングと違い、現場は透明度30㎝ということも多く、1mも見通せれば御の字という状況です。そんな中で状況がしっかりわかる写真を撮るわけですから、撮影には工夫も必要です。またプロ潜水士として、水中で仕事をするわけですから、その海や水中の環境にも配慮しなければなりません。現場でタバコやゴミのポイ捨てなどはもってのほかです。大きなプロジェクトでは安全面、効率面、伝達能力、そして環境を考えることも必要です。それをスムーズに進めるために人間関係の構築も大切です。うちでは社内外での挨拶も重視しています。
潜水士の世界でも、時代と共に上下関係は変わっています。先輩後輩という関係はもちろんありますが、いわゆる徒弟制度のようなものはありません。気軽に食事や飲みに行こうと誘える時代ではないので、社員とのコミュニケーションツールとして、私はメールを大事にしています。現場の状況は全社員が共有し、私にも毎日、報告が来るので、どんなに疲れていても、指示やアドバイスを出すようにしています。
また、入社一年目の社員スタッフには1年間先輩が付いて教え、定期的に社内面談も行っています。うちでは訓練や研修など、3〜6カ月位の研修期間中でも給料が出るような環境なので、周囲からは学校のようだと言われています。

水中撮影を行う渋谷正信氏。全国藻場調査の第一人者でもある(写真/(株)渋谷潜水工業)

水中撮影を行う渋谷正信氏。全国藻場調査の第一人者でもある(写真/(株)渋谷潜水工業)

渋谷潜水工業独自のグリーンカード評価

特殊溶接機を使って作業するプロ潜水士(写真/(株)渋谷潜水工業)

特殊溶接機を使って作業するプロ潜水士(写真/(株)渋谷潜水工業)

実際の作業だけでなく、会社に貢献したスタッフには、その貢献に応えるためにグリーンカード制度があります。貢献度の高い社員には、グリーンカードを渡しています。グリーンカードは私だけでなく、周りのスタッフも出せる仕組みで、半年間、どれだけカードを取得したかが評価の基準になっています。現場作業での効率の良さも大事ですが、このカードは人と環境に配慮した仕事をしているかも重要視されます。例えば、現場写真をわかりやすく撮って報告してくれたとか、作業がスムーズに行われるよう改善したとか、コミュニケーションや人間関係に貢献した社員にも送られるのです。反対にイエローカードとレッドカードもあります。ただし、レッドカードが出たら即退場というのではなく、あくまで注意喚起の意味で出しています。
昔は「環境のことは社長の道楽」と、社内的には潜水工事と線を引かれていましたが、今は環境を考えない工事などできない時代です。そういう意味でも、社員やスタッフには環境保護の意識を高めるためにグリーンカード制を始めたのです。

プロ潜水士に向いている人、いない人

自然相手の仕事ですから、時間に関してはなかなか決められた通りにはいきません。朝8時から夜5時までしか働かないとか、土日や祝日は休みたい方には難しいかもしれません。現場のスケジュール変更もありますし、台風など自然災害があれば現地へ様子を見に行かなくてはならない。刻一刻を争う災害現場では定時も休みもありません。この自然相手の潜水の仕事はそういう臨機応変さがどうしても必要になります。我々の都合で決められない自然のファジーを楽しめる方や、人のためにできることにやりがいを感じられる方に向いていると思います。それから、プロ潜水士はほとんど一定の場所に留まることはありません。プロジェクトに合わせていろいろな場所で仕事をするので、旅好きな方が良いかもしれません。

1995年、阪神淡路大震災の復旧工事にも携わる(写真/(株)渋谷潜水工業)

1995年、阪神淡路大震災の復旧工事にも携わる(写真/(株)渋谷潜水工業)

潜水士の講師として災害現場での経験を伝えた

現在は多忙で他のスタッフに任せていますが、以前、潜水士準備講習会の講師をしていました。もうだいぶ前になりますが、レジャースポーツダイビングでも有名なADS(国際ダイビングスクール協会)の故・望月昇さんの紹介で、愛知県の労働基準協会で潜水士の準備講習会というのがあり、その学科講師を15年ほど務めました。生徒は一般の潜水会社以外に消防士、機動隊、水族館などに勤務する人たちでした。講習で自分が経験した災害現場でのことなど、実体験に即して話すと、皆さん目を輝かしてそれを聞いていました。JAMSTEC(国立研究開発法人海洋研究開発機構)でも合宿制の潜水トレーニングが行われた際に講師に呼ばれ、実際の災害現場での活動を説明したこともあります。渋谷潜水グループは民間会社では事故や災害現場などでの出動回数や遺体引き上げ経験は国内でも一番多いかもしれません。その他に潜水士になりたい方を対象に実技を含む講師をしたこともあります。当時はダイブコンピュータも、BCもない時代でしたから、減圧の計算をし、ウエイト調整を水深や作業内容で決めていく、ある意味厳しいものでした。今は、ダイブコンピュータやBCが普及し、かなりハードルが下がり、潜水の仕事はそれだけ開かれた世界になっています。うちの会社では常に社員を募集しています。詳しくはスタッフ募集のページをご覧ください。

※次回は、渋谷潜水工業で独自に開催しているフォトコンテストの話をお届けします(編集部)

≫シリーズ過去記事はこちら
第1回:脱炭素時代のダイバーの役割
第2回:北海道の藻場再生/欧州の洋上風力発電事情
第3回:日本の洋上風力発電~長崎県 その①
第4回:日本の洋上風力発電~長崎県 その②
第5回:日本の洋上風力発電~長崎県 その③
第6回:海洋環境ビジネスで活躍する潜水士
第7回:洋上風力発電プロジェクト〜銚子
第8回:洋上風力発電プロジェクト〜銚子2
第9回:潮流発電の実証フィールド〜長崎県

プロ潜水士・渋谷正信profile

SDI渋谷潜水グループ代表

(株)渋谷潜水工業代表取締役
一般社団法人「海洋エネルギー漁業共生センター」理事

1949年、北海道釧路市近郊、白糠町生まれ。
1974年、海洋開発技術学校深海潜水科に入学。
卒業後、プロ潜水士として40年以上、国内外で海洋工事に従事。
1980年、渋谷潜水工業設立。
プロ潜水士の傍ら、海と調和するエコデザインの先駆者として調査や講演、セミナーを多数こなし、「海藻の森づくり」プロジェクトを進行中。水中塾を主催し、地域の海再生を目的とした交流活動や野生イルカと調和するハートフルスイムを提唱。1991年に湾岸戦争でオイル漏れの起きたペルシャ湾を潜って水中を撮影し、これをきっかけにメディアに登場。1995年、阪神淡路大震災の被災地でボランディアや神戸港の復旧作業工事に携わる。東日本大震災でもガレキ撤去、環境調査、復旧工事で活躍。
●主な書著:海のいのちを守る(春秋社)、地域や漁業と共存する洋上風力発電づくり(KKロングセラーズ)他
●テレビ出演:毎日放送「情熱大陸」(2008年)、夢の扉(2009年)、NHKプロフェッショナル仕事の流儀(2012年)

渋谷正信

Photo 佐々木たかすみ

(聞き手/西川重子)