~スペシャル企画:海の環境を考える~
渋谷正信氏に聞く 脱炭素時代のダイバーの役割
第11回:脱炭素時代のダイバーとは~その②~
洋上風力発電のエコロジーデザインと藻場再生プロジェクトの先駆者・渋谷正信氏に聞くシリーズ第11回。脱炭素時代に進むべきプロ潜水士の道をお聞きしました。
自社でフォトコンテストを始めた経緯
以前、この連載でもお伝えしたように、渋谷潜水工業(SDI)では、スタッフが撮影した潜水作業現場の写真を対象に、自社で独自にフォトコンテストを開催しています。実はコンテストを始めるきっかけは、私(渋谷正信氏、以下同)が現場の情報をほしかったからでした。以前は、1日の潜水作業を終えても現場の進捗状況の報告が出てこず、あっても電話で少し話をして終わりというのが当たり前でした。全国に散らばった現場で働く潜水士に報告を上げてくれと言っても実行されず、休みの日にまとめてやるからで済まされていました。作業で疲れた後、さらに報告・レポートを作って送ることはしんどかったのだと思います。暑い夏など水から上がったらさっさとビールでも飲んで休みたいと思う気持ちもわかります。しかしそれでは、現場のリアルタイムな情報が分かりません。潜水作業が効率よく行われているのか、安全にやっているのか、正確にできているのか、全国にある現場の状況を、その日のうちに把握したかったのです。そのために、とにかく現場の写真だけは撮って送ってくれと指示しました。それがコンテストの出発点となったのです。
徐々に写真を撮って送ってくるようになったので、頃合いを見て、少しコメントを入れるよう頼みました。現場名、作業名、どんな状況なのかをです。こうして現場のリアルタイムな情報が集まるようになってきました。そうした中に良い写真がけっこうあったのです。
海藻の育成状況を調査するダイバー(写真/(株)渋谷潜水工業)
撮影で培われていった現場を見る目
渋谷潜水工業では、年末と、ゴールデンウィーク前、そして夏休み前の年に3回社内研修を行っています。全国に散らばっているスタッフが社内研修で情報共有できるようにと始めたものです。その研修で現場写真を紹介するうちに、良い写真には賞をあげたらいいのでは?とひらめいたのです。そこでフォトコンテストと銘打って賞を設けたところ、スタッフも次第に撮影に積極的になってきました。みんながフォトコンのために良い写真を撮ろうと一生懸命になり、結果として良い状況が生まれてきたのです。シャッターチャンスを狙い、良い写真を撮るために、みんなが今まで以上に現場をじっくり観察するようになりました。現場を見る目ができてきたのです。それによって現場の報告も的確になってきました。
水中で鉄鋼杭を切断しているダイバー(写真/(株)渋谷潜水工業)
フォトコンテスト受賞作品を収めた写真集
フォトコンテストを立ち上げて以来、莫大な写真が貯まってきました。審査では、現場の状況がわかりやすいことと同時に感動できる写真を選ぶことにしています。授賞発表会も行っています。まず撮影者がどんな状況で撮影したかを発表し、私もそれぞれの作品を講評していきます。私自身、現場経験があり、撮影もしているので写真を見れば撮影の大変さはよくわかります。透明度が厳しい現場や凍てつくような吹雪の中で頑張ってシャッターを切ったのだろうなぁと感じる写真もあります。 早朝現場に向かう船で見た海上の朝日の写真があったり、1日の潜水作業を終えた帰りがけに見た、夕日に染まる現場の写真があったりと、その現場の写真を撮った社員の心情が伝わってくるものも多くあります。そこで、努力賞やアイデア賞など様々な賞を設け、佳作も含めるとかなりの数の賞を出しています。まだ収入の少ない新人スタッフなどは、先輩から「頑張って賞金を狙ってみろ」とアドバイスされているようです。
自社フォトコンテストの受賞作は写真集になる。高度な技術や過酷な作業現場の様子を捉えた力作ぞろい。(写真/(株)渋谷潜水工業)
フォトコンテストは夏と冬の年2回開催していましたが、せっかく皆で撮った現場写真なので、受賞作品を写真集にまとめるようになりました。最初は、良い写真を眠らせておくのはもったいないと一冊にしてみたんですが、出来上がりが思いのほか良かったので、毎回作るようになったのです。今は事務所の入り口にあるモニターで、受賞した写真をスライドショーにして紹介しています。事務所に来られる訪問者の方々にも、スタッフの仕事ぶりを見ることができ、現場のモニター紹介は評判が良く、会社の宣伝にもなっているようです。潜水士という3Kのイメージが強い仕事ですが、だからこそ、その誰もがやれない仕事に誇りを持ってやってほしくて、多くの方々に見てもらいたいと思っています。
放射性物質流水海域での潜水作業後に洗浄されるダイバー(写真/(株)渋谷潜水工業)
潜水士の姿を「見える化」する
これからの時代、何事も「見える化」は大事です。レジャーダイバーと違い、潜水士は汚い海や人の見えないところでハードな仕事をしています。私はそういう潜水士という職業に光を当てたいと常々思ってきました。そのためならと、以前からメディアにも積極的に出るようにしてきたのです。随分前になりますが、平成元年の日本経済新聞文化欄に「ウェットスーツを着た渡り鳥」というタイトルで紹介されました。また出演したテレビ番組の反響もあり、以来、潜水士の仕事への理解や興味をもってもらえたのではないかと思います。ちなみに、ある海洋高校の授業の中では、私が出演したテレビ番組を見せてくれているようで、番組を見て潜水士を目指したいと会社を訪ねてくる学生さんもいます。
放射性物質流水海域の潜水準備をするダイバー(写真/(株)渋谷潜水工業)
脱炭素時代のダイバーに求められること
潜水作業には厳しいことも多いですが、ダイバーのメンタル面の強さというのは、やってみないと測れません。大丈夫かなと思うような人がみるみるたくましくなっていくこともあります。また、職人のような潜水作業はできないが周囲とうまく付き合えてコミュニケーション能力が高いという人もいます。こういう役割の潜水士も重要だと思っています。残念なのは、作業が早く、優秀な人ほど会社を辞めてフリーのプロ潜水士になってしまうことです。フリーのプロ潜水士になると、一時的に金銭面での収入は高くなりますが、日雇い的な働き方になり活動は狭くなりがちです。フリーになるとそれまで経験した技術や知識が埋もれてしまうからです。そうした技術や知識を没個性にしてしまうフリーランスだけでは業界が伸びてはいきません。潜水士が様々な作業で得た経験や知識、技術は、業界の資源として生かす場が必要です。これからの時代、自然環境への配慮は絶対です。そしてプロ潜水士の仕事ほど自然環境を肌で感じられる仕事はありません。ただ与えられた作業をやるだけではなく、今日は水の感じがおかしいとか、防波堤を造ったら潮の流れが変わって以前はなかった場所にゴミが貯まっていたとか、そういう観察をしてほしいのです。我々、プロ潜水士が海の中の環境を意識することで海の中がより鮮明に見えてきます。でも、せっかく海の中を見てきて、環境がどうだったかをシェアしなければ海の声が世の中に届きません。環境を壊さないために、あるいは壊してしまった環境を修復するためにも、情報を上げていくことが大事です。それができるのが、これからの時代のプロ潜水士だと思っています。
海とダイバーにやさしいエコジェット・水と気泡による防波堤の洗浄(写真/(株)渋谷潜水工業)
潜水時代の最先端を学べる会社
もう一つ、これからの時代に必要なのは潜るだけでなく、ROVという水中ロボットを操作して、海中環境をより広く深く「見える化」していくことだと思います。人間の限界を超える深度で仕事をしてくれるROVは、まさに第3のプロ潜水士です。渋谷潜水工業では8月の末、アメリカからROVのトレーナーを招いてトレーニングを行う予定です。SDIのスタッフにはROVの知識や操作のプロにもなってもらい、これからの日本の海で活躍してもらいたいと思っています。もともとSDIは業界では「学校みたいだ」と呼ばれていて、様々な資格取得やトレーニングを行ってスタッフのサポートをしています。私自身お金も大事でしたが、それ以上に、やりがい、働きがいを重視して仕事をしてきました。プロ潜水士は、社会の基盤整備だけでなく、海の環境や漁業にも大きく貢献できる重要な仕事だと思っています。
潜水士とそのバディ・ROVによる作業(写真/(株)渋谷潜水工業)
≫シリーズ過去記事はこちら
・第1回:脱炭素時代のダイバーの役割
・第2回:北海道の藻場再生/欧州の洋上風力発電事情
・第3回:日本の洋上風力発電~長崎県 その①
・第4回:日本の洋上風力発電~長崎県 その②
・第5回:日本の洋上風力発電~長崎県 その③
・第6回:海洋環境ビジネスで活躍する潜水士
・第7回:洋上風力発電プロジェクト〜銚子
・第8回:洋上風力発電プロジェクト〜銚子2
・第9回:潮流発電の実証フィールド〜長崎県
・第10回:脱炭素時代のダイバーとは~その①~
プロ潜水士・渋谷正信profile
(株)渋谷潜水工業代表取締役
一般社団法人「海洋エネルギー漁業共生センター」理事
1949年、北海道釧路市近郊、白糠町生まれ。
1974年、海洋開発技術学校深海潜水科に入学。
卒業後、プロ潜水士として40年以上、国内外で海洋工事に従事。
1980年、渋谷潜水工業設立。
プロ潜水士の傍ら、海と調和するエコデザインの先駆者として調査や講演、セミナーを多数こなし、「海藻の森づくり」プロジェクトを進行中。水中塾を主催し、地域の海再生を目的とした交流活動や野生イルカと調和するハートフルスイムを提唱。1991年に湾岸戦争でオイル漏れの起きたペルシャ湾を潜って水中を撮影し、これをきっかけにメディアに登場。1995年、阪神淡路大震災の被災地でボランディアや神戸港の復旧作業工事に携わる。東日本大震災でもガレキ撤去、環境調査、復旧工事で活躍。
●主な書著:海のいのちを守る(春秋社)、地域や漁業と共存する洋上風力発電づくり(KKロングセラーズ)他
●テレビ出演:毎日放送「情熱大陸」(2008年)、夢の扉(2009年)、NHKプロフェッショナル仕事の流儀(2012年)
Photo 佐々木たかすみ
(聞き手/西川重子)