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テツ先生の新・海のいきもの
連載第14回 三保のアイドル ミホノハゴロモハゼ

新・海のいきもの

鉄先生が海のいきもの観察の楽しさを語る連載第14回目、いよいよミホノハゴロモハゼの登場です。テツ先生といえば静岡市清水区の三保の海でせっせと定点観察し、新種(和名のない未記載種)だったこのハゼを世に認知させ、標準和名が提唱される基礎を作った第一人者、2回にわたってお届けします。

※2026年10月の情報です

英語圏の愛称はBigmouth

ミホノハゴロモハゼ 英名:Blue Shrimpgoby(仮) 撮影地:三保真崎 水深:23m 体長8cm  Photo by Takashi Tetsu

ミホノハゴロモハゼ 英名:Blue Shrimpgoby(仮) 撮影地:三保真崎 水深:23m 体長8cm Photo by Takashi Tetsu

今回は、私が常日頃からフィールドとしている地名を冠したミホノハゴロモハゼをとりあげます。前回のカエルアンコウで触れましたが、2007年頃に不適切と考えられる和名の改称が行われました。放送禁止用語をはじめ、特定の方々が耳にすると、あるいは文字として読んだ場合、不快に感じる言葉は使われなくなりました。また固有種のような印象を与える地方名が付いた種名についても、それ以降は遠慮される傾向が強くなり、しばらくの間は地方名を冠する和名が登場することはありませんでした。ミホノハゴロモハゼに標準和名が提唱されたのは2013年です。
1997年に山と溪谷社から『日本の海水魚』が出版されました。それまで、このミホノハゴロモハゼは図鑑未記載種としてハゼ科の1種と表記され、いろいろな場面で紹介されてきましたが、この図鑑が出ることで、ヤツシハゼ属の1種とハゼ好きに知らされることになりました。その次の改訂版でハゴロモハゼ属の1種となり、現在の標準和名に一歩近づきます。

婚姻色らしき体色が見られるミホノハゴロモハゼ(オス) 撮影地:三保真崎 水深:23m 体長7cm  Photo by Takashi Tetsu

婚姻色らしき体色が見られるミホノハゴロモハゼ(オス) 撮影地:三保真崎 水深:23m 体長7cm Photo by Takashi Tetsu

少なからず、いきもの好きを自称する海洋楽者(研究ではなく、あくまでも楽しむ方)は、新種の発見や図鑑未記載種をフィールドで観察および撮影することを日夜夢見ているので、それらしき生物に遭遇するとエアの消費が早くなり、観察時間が短くなるという失態を招きます(笑)。私ごとですが、30代の頃は夢の中に新属新種やエリアを超えて出現した種が登場し、飛び起きて「ゆ、夢かぁ〜」と呟いたことが何度あったことか。そのうちの何回かは、正夢を期待して、そのまま深夜や朝方に潜りに行ったこともありました。ハゴロモハゼ属は口(くち)が大きいので、英語の名称はBigmouth (Shrimpgoby)。もしかしたら、私も30年以上前に「新種見つけたぁ〜🎵」って自慢していた頃にビッグマウスって言われていたかも知れませんね(笑)。前置きが長くなりましたが、発見から三十数年間の記録と記憶を頼りにエピソードトークを交えて、本種の解説に入っていきたいと思います。

雌雄が分かるのは秋

ミホノハゴロモハゼ(メス) 撮影地:三保真崎 水深:23m 体長:8cm  Photo by Takashi Tetsu

ミホノハゴロモハゼ(メス) 撮影地:三保真崎 水深:23m 体長:8cm Photo by Takashi Tetsum

このハゼは、秋の産卵期と考えられる時期にならないと雌雄の差は判別できません。お腹の膨らみが観察されないと、個体差なのか雌雄差なのか分からない程度の違いしかないので、この個体がメスで、この個体はオスのような紹介はできないのです。ペアでいてくれれば、比較的、雌雄の判別は簡単です。先に巣穴に引っ込むのがオスで、度胸が良いのがメスです。これは、このハゼに限らず、大半のフローティング系の共生ハゼに通じるお話なのです。
画像をご注目ください。眼の右端の下辺りに黒い線がありますが、このちょっと左手前までが口角に相当する部分なので、いかにこのハゼの仲間が大口(おおくち)なのか分かっていただけると思います。

共生するエビの撮影は難易度高

ミホノハゴロモハゼと写真右下がテッポウエビ 撮影地:三保真崎 水深:20m 体長:5cm   Photo by Takashi Tetsu

ミホノハゴロモハゼと写真右下がテッポウエビ 撮影地:三保真崎 水深:20m 体長:5cm Photo by Takashi Tetsu

これまで何度となく狙ってきましたが、共生しているテッポウエビを撮影することができませんでした。砂地に生息する共生ハゼの場合は、ニシキテッポウエビや、相性によってはコトブキテッポウエビが一緒にいることが多いのですが、泥系の場合は種がハッキリと分かりません。テッポウエビがなかなか出てこないことも一因ですが、出てきても泥が巻き上がって写らないことが大半なのです。類似環境を好むシゲハゼも同じ種のテッポウエビではないかと思っていますが、専門家の方に聞きたくても、その写真がなければ尋ねようがないのです。

エビが先か、ハゼが先なのか?

共生しているタイプのテッポウエビと考えられる種 撮影地:三保真崎 水深:14m 体長:4cm   Photo by Takashi Tetsu

共生しているタイプのテッポウエビと考えられる種 撮影地:三保真崎 水深:14m 体長:4cm Photo by Takashi Tetsu

写真はたまたまナイトダイビングの時に遭遇したテッポウエビです。鋏脚(きょうきゃく)の後ろの脚が紫色で、ミホノハゴロモハゼやシゲハゼと共生しているテッポウエビと似ています。
少し話は脱線しますが、これまでも共生ハゼとテッポウエビの関係性において、私は「コロンブスのテッポウエビ」を提唱してきております。いわゆる、卵が先かニワトリが先か?ってやつです。考えるまでもなく、答えを卵だって言っちゃってますので卵が先なんですけど、テッポウエビの場合においては、そうは問屋が卸しません。共生のタイミングはテッポウエビが巣穴を作るのが先で、後からハゼが共生する説が一般的ですが、それでは説明のつかない組み合わせがあります。同一環境下におけるハゼとテッポウエビの共生関係は、何ら問題はありませんが、ハゼもテッポウエビもそもそも通年生存が確認できない環境下に、ある日突然、南方種のコトブキテッポウエビとヒレナガネジリンボウなどの南方のハゼが一緒に観察されるパターンです。不思議に思いませんか?

ヒレナガネジリンボウとコトブキテッポウエビ 撮影地:三保真崎 水深18m 体長3cm   Photo by Takashi Tetsu

ヒレナガネジリンボウとコトブキテッポウエビ 撮影地:三保真崎 水深18m 体長3cm Photo by Takashi Tetsu

常識を覆すコロンブスのエビ・ハゼ

繰り返しになりますが、同一の環境で考えれば、テッポウエビが巣穴を掘っている所に、共生ハゼが浮遊期を経て着底して共生関係を結び、生活を共にしてゆく確率は非常に高いわけです。ダテハゼとニシキテッポウエビの極(ごく)ありふれた関係のように。ところが、無効分散種(※)として、黒潮によって運ばれてきた両者が、駿河湾や相模湾で偶然に遭遇する確率ってとてつもなく低くありませんか?それなのに、何事もなかったように、お互いに潮に乗って運ばれて来たはずの両者が出会う確率がこうも高いのでしょうか。これは、あくまでも推測です。このエビとハゼって一緒に旅して駿河湾に来遊していませんか。つまり「コロンブスのエビ・ハゼ」です。続きは次回、ミホノハゴロモハゼの後半でお話します。お楽しみに!

※回遊性がない、または移動力が乏しい生物で、海流に乗って従来の分布域を離れ、生息域ではない場所に流れ着く種(分散したが子孫を残せず無駄(無効)になったという意味から)

Profile

鉄 多加志
Tetsu Takashi

1965年(昭和40年)生まれ 静岡市出身
東海大学海洋学部 海洋生物学科准教授

鉄 多加志

ダイビング歴41年、潜水時間約1万3800時間。
国内70数カ所、海外20数カ所を含む約100カ所で潜っている。「ひとつの知識と経験が、同じ場所の同じ風景、生物をもっと魅力的にする」というモットーの下、同じ場所に潜って観察を続けるダイバーで、潜水歴の約8割は三保真崎。大学でも、「好奇心を持ち続けることで、同じ風景や生きものが同じように見えることはない」という観点で履修学生を指導している。

専門は潜水法で「浅海域での長時間潜水時におけるEANガス使用の研究」、「水中遺跡(沈船)潜水調査における安全対策の検討」「水中遺跡(沈没船)調査における安全な潜水方法の研究」(いずれも東海大学海洋研究所研究報告)をはじめ研究論文は多数。

主な著書(共著)に、オーシャンエクササイズ、駿河湾学、海洋考古学入門(いずれも東海大学出版)、THE DEEP SEA(静岡新聞社)、図版 世界の水中遺跡(グラフィック社)などがある。